「生きる道」を届ける 不登校新聞の石井編集長に聞く(下)

「学籍主義」が子供の余裕を奪っていると、不登校新聞の石井志昴編集長は指摘する。石井編集長が取材から得た現状への違和感や、同紙の展望などを聞いた。


■学校以外の学べる場を
――この20年でインターネットやコミュニケーションツールが普及したが、子供が孤独を感じている状況は変わっていません。

石井 学籍主義が子供にとって、尋常じゃなくきつい。フリースクールに通っていても、学籍は地元の小学校や中学校のままです。学籍を抜くことはできない。

長い人生の中で、義務教育の9年間を縛る必要があるのでしょうか。例えば、12年間ぐらいの期間を設定して、その間に少しずつ教育を受けるということは想定されていない。9年間びっしり決まっているから、週に1日休んだくらいで騒がれる。もう今の時代に合っていないし、子供の余裕を奪っています。同じ年齢で構成される「学年」もそうですし、朝8時半に登校するのもそうです。

学校だけが学ぶ場ではないと思います。社会の中にたくさん学べる機会があって、学校と社会を行き来できるような、そんな学校がたくさん広がっていくことが大事だと思います。今、海外ではインターネットを使った「ホームエデュケーション」「ホームスクール」の事例があります。なぜ日本でもできないのだろうと思います。

不登校新聞の石井編集長
■新学習指導要領はスタート地点
――日本はまだまだやるべきことがあるということですか。

石井 新学習指導要領には、不登校の対応が明記されました。総則で「児童の実態に配慮した教育課程を編成し、個別学習やグループ学習など、指導方法や体制の工夫を行う」とされ、学校復帰だけを目的とするのではなく、本人の自己実現を重視するようにという趣旨が書かれています。しかし現場の先生は「でも学校で受け入れなかったら、この子の人生はどうなるのか」と心配していると思います。そして、不登校の子をなるべく学校に来させようとする。

しかし先生の思いとは裏腹に、子供は学校で過ごすことを地獄のように感じるでしょう。そこに今の不登校の苦しさ、問題が出ている。指導要領がなぜ、学校復帰だけを目的にしない対応を求めたのかというと、復帰だけを目的にした対応が、子供の命を奪ったケースがあったからです。指導要領に不登校の対応が書かれたことは大きな一歩ではある。でも、まだスタート地点に立っただけで、環境整備はこれからです。

日本のいじめの特徴は、実は教室の中で起こります。ヨーロッパやアメリカでは通学路で起きます。その理由は簡単で「大人の目が通学路は一番届きにくいから、暴力が出やすい」ということなのですね。ヨーロッパでは親が送り迎えをすると、いじめは収まるそうです。

しかし日本の場合は、コミュニケーションに起因するいじめが多いので、先生の目の前であっても分からないことがある。日本は教室に入らなければ授業を受けられない。例えば、授業のライブ中継を家で見るのを認めるだけでも、子供の命を救うことができるかもしれない。特別な子のためだけじゃなく、どの子供も利用できるようにすればいいのです。

休刊の危機を乗り越え、創刊20年に
■休刊の危機を乗り越え
――創刊20年を迎えられましたが、一度は休刊の危機があったそうですね。

石井 最初に団体としてのコメントを言いますと、活字離れですね。それから、不登校が置かれている状況というのが、やはり変わってきた。受け皿や情報発信が増えていく中で、不登校新聞がもともと担っていた役割が変わってきました。

それで休刊予告を出したら、昔の読者が応援してくれました。「今はもう不登校ではないけれど、そのときに支えられたから」と、駆けつけてくれたのです。それから、紙面の構成も大きく変えました。今の読者が求めているものは「生の声」だったんですよね。

生きた知恵というか、実際に不登校になって、どうやって生きるのか。当時どんなことを読者は考えていたのか、親が紡ぎだした知恵、子供の本音トーク、そういったものがすごく求められていた。それらを中心に据えたことで、購読者数が4倍近くに増えました。

■「あなたは生きていけるはず」
――今後、どういう新聞を目指していきますか。

石井 社会に対し、「子供のことは子供に聞いてほしい」というのが、不登校新聞の一貫したメッセージです。行政が行う不登校の実態調査は、子供の声が反映されていません。学校が行ういじめのアンケートも、先生たちがフィルタリングしていたり、その先生たちの声も実際に届けられていなかったりする。何となく世論を忖度(そんたく)しながらの調査結果になっているので、よくない状態です。

一方、「不登校になった人たちとどう生きていくか」という、この新聞のあるべき姿として考えているのは、やはり不登校として生きてきた人の姿を伝えていくことだと思います。私が不登校になったとき、一番想像できなかったのが、この先も生きていくこと。もう全くお先真っ暗だった。20年たった今も、当時の私と同い年の子が同じ思いを抱いている。だから、そんな子にとってのモデルケースになるような生き方を伝えていきたい。

不登校の子供はみんな一度は考えるのです。「もうダメだ、このまま早く死んだ方がいい。生きていても意味がない」と。そうじゃないんです。そんな意味があるとかないとかではない。

「あなたは生きていけるはずです。だから今すぐ命を絶たなくて大丈夫です」。そう伝えるのが私たちの使命です。(おわり)

(聞き手・藤井孝良)


【プロフィール】

石井志昴(いしい・しこう) 1982年、東京都生まれ。中学2年生の頃に不登校となり、フリースクール「東京シューレ」に通うようになる。「不登校新聞」には創刊号から関わり、06年から編集長に。不登校の子供や親など、300人以上を取材してきた。

【不登校新聞】

1997年の中学生の焼身自殺・体育館放火事件をきっかけに、翌98年に親の会、フリースクールなどの市民団体が母体となり創刊。現在は月2回、紙とウェブ媒体で発行する。累計読者数1万3000人。不登校の子供や保護者に対して「学校以外の道は死だけではない」と呼び掛ける。