「学びを変える学校の開き方」 教員は社会に取り残されたままでよいのか(中)


日々教壇に立つなかで、教員自身が経験していないことを生徒に教える行為に違和感を覚えたことはないだろうか。学校教育を社会とつなげるには、教員だけの力では難しい。民間の企業や地域を巻き込みながら学校運営を繰り広げる東京都千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長と、都立武蔵高等学校・附属中学校の山本崇雄教諭、そしてパブリック・リレーションズの専門家で、社会情勢に詳しい井之上パブリックリレーションズ代表取締役会長兼CEOの井之上喬氏の3人が、「学びを変える『学校の開き方』」をテーマに討論した。コーディネーターはTeacher’s Lab.代表理事の宮田純也氏。全3回。


■経験がないことを生徒に教える限界

宮田 工藤さんがどのような授業をされているかを聞かせてください。

工藤 当校の場合、ほとんどの学校行事を民間企業と連携して行っています。例えばノートのとり方一つでも、企業の方を招いて「フレームワーク」という手法を教えてもらいます。

1年生の早い段階から、大学や専門学校、企業訪問をします。そこで大学とはどんなものか、会社とはどんなことをしているのかを学ぶ。今年から新たに、アメリカの大学生と一緒に歌とダンスの創作活動を行う「ヤングアメリカンズ」を実施します。子供たちは、自己を開放し、人と人をつないで自分を変化させると、誰かの心を動かせることを、体験を通して学んでいきます。

工藤勇一校長

2年生になると「クエストエデュケーション」という探求プログラムを、年間を通して行います。NTTドコモや大和ハウスなどの企業に模擬的に就職して、そこから来るミッションに対して、チームで何かを作り上げ答えていく学習です。その間には「スキルアップ宿泊」という2泊3日の合宿があり、ある課題を解決するためにチームで話し合って、最後プレゼンテーションをします。当然対立が起こりますが、子供たちはブレーンストーミング(集団発想)やKJ法(集めた情報をカードにし、考えをまとめる方法)を活用しながら、皆のアイデアを組み合わせていくことを学んでいきます。その中で感情をコントロールすることや、自分一人では解決できない新たな想像が生まれることを経験します。これらはどれも、社会に出ると必要な力ですよね。

このように教科以外のカリキュラムを民間企業と一緒になって変えてきました。教員自身が経験のないことを教えるのは非常に難しい。そこに社会の専門家が入っていくと、教員自身も社会を理解できるようになっていきます。民間や教員関係なく、教育の中にいろいろな人が介入してくると、自然に学校も社会と同じような環境になるのです。

■プリントで分かることは口にしない

宮田 山本先生は今の学校で、具体的にどんな授業展開をされているのでしょうか。

山本 例えば先ほど触れた「教材をつくろう」では、普段私のところに来る出版社の営業マンに協力してもらっています。教材を売りにきた営業マンに「30分話を聞くから今度授業に来てよ」と交渉するわけです。

意外と中学生のフレッシュなアイデアは、大人たちをうならせます。大人の「いかに売るか」という発想で忘れられていることが生徒たちの発想にはあります。ビジネスから離れて、「どう学ぶか」「どんな教材がわくわくするか」といった発想には、ハッとさせられると言います。生徒にも大人にもプラスになっています。

リアルな社会に子供をつなげるときは、大人側もつながっていかなければならない。今の子供たちの生活やデジタルへの親しみ度合いは、われわれの想像を超えている。だから逆に生徒から教わることも多いのです。大人と子供が対等なパートナーシップを組まないと教育はうまくいかないと考えます。

井之上 “つながる”ということは、まさに私の専門分野であるパブリック・リレーションズを学ぶことになると思います。人間や組織は1人や単体では生きていけません。さまざまな利害関係者とのかかわりをとおして存在できます。多様なパブリックとの「つながり」、つまり関係構築活動がパブリック・リレーションズです。

これから迎える社会はハイパー化し、社会は目まぐるしく変化します。異なる立場の個人や組織との双方向コミュニケーションによって人を巻き込み、ものごとを成し遂げる力、つまり「つながる力」が必要不可欠です。これは子供に限らず、大人にも欠けているものと言えます。

工藤 山本先生の授業は本当におもしろいですよ。当然ちゃんと教科書は使っているし、学習指導要領に沿っている。ただし何を教えるかではなく、どうやって学ぶか、どうやって教えるかという部分が、社会とつながっているのです。一方的に教え込むのではなく、生徒同士の双方向型授業になっています。

例えば先日、現在完了形の授業を見学しました。でも山本先生の授業だと、基本構文さえ言わない。1時間ずっと生徒同士でディスカッションして、英語についていっぱい考えて、英語の表現をたくさんする。見学している方からすると、「この授業は何の授業なのか、こんなに説明しなくて大丈夫なのか」と不安になるくらい。

ですが、生徒たちはちゃんと学んでいます。山本式の授業を積み重ねていくと、受験に勝てます。確実に英語をしゃべれる子供ができていきます。一斉型の授業ではあり得ない思考を山ほどしているからです。それが実におもしろい。

山本崇雄教諭

山本 ありがとうございます。先日久しぶりに他の先生の授業を見学しましたが、ずっと先生がしゃべっているなという印象を持ちました。教えることはもちろん、教科書に書いてあることすらもです。

私は生徒たちの発見する喜びや、分かろうとする喜びを邪魔しないように心がけています。だから自分が教えるとか、レールを敷くというのをやめました。そうすると時間が生まれて、そこにプロジェクト型の学習を入れられる。家でできること、プリントを見れば分かることは私はやらないというスタイルです。

宮田 そうやってやりくりをして、時間を捻出しているのですね。ですが他の業務も忙しい中で、業務量をどのようにコントロールしているのでしょうか。

山本 部活はサッカー部とバスケ部の二つの顧問です。さすがに私くらいの年齢になると、若い教員のサポート役になってきますが。20~30代のときにガンガン部活をしていた頃とは、その部分では働き方は変わってきています。

最初は言われたことを繰り返しやるところからのスタートですが、そこから「本当にこの業務は必要なのか」と取捨選択するようにしました。分掌のなかで議論して、自分でも提言して変えていく。立場的にも主任くらいになると、自ら思い切ってやっていかなければなりません。ただ個人の力は限界があるので、工藤先生のように学校全体で働き方改革とか、教員の本来の役割をしっかり考える管理職がいると、もっとスムーズにいくのかなとは思います。

■生徒のために担任制を廃止

宮田 工藤先生はいかがでしょうか。

工藤 まず無駄を省きましょう。日本の教育は無駄が多い。学校で教科の勉強をし、その復習を塾でやり……。おかしいですよね。世の中は働き方改革といっていますが、勉学では学習時間を増やせなんて言っている。働き方改革がある一方で、学び方改革もあるべきだと思います。例えば当校では、今年、定期考査を全部なくしました。あとは担任制を1・2年生でやめて、来年に3年生もなくします。

井之上 担任制をなくしたというと、どのような運営形態なのでしょう。

工藤 授業はチーム単位で行っています。無駄を省くというよりも、生徒のことを考えると自(おの)ずとこの形態になりました。

この形態により、一人一人の生徒にもっとも適した教員が迅速に対応することが可能となります。教員にも得意不得意がありますが、全員のよさを生かした指導・支援ができるのです。教員はある意味、肩の力を抜きながら自己の能力を高めることもできるようになりました。

また、生徒たちの自律を高める効果もあります。これまでの固定担任制を考えてみましょう。生徒に人気のあるA先生と人気のないB先生がいるとします。B先生が担任するクラスがだんだんうまくいかなくなってくると、不思議なことに、生徒たちは「B先生が悪いから、このクラスがだめなんだ」と担任に責任転嫁するようになります。保護者も同様の傾向があります。結果として、このクラスの生徒たちは、どんどん自助能力を失っていきます。

ですが固定担任制を外し、チームで行うようになると、この対象という概念がなくなります。おもしろいことに生徒たちは先生のせいにしなくなり、自分のクラスがおかしいとさえも思いません。自分が当事者だから。

そういえば、宿題もなくしました。

宮田 宿題もですか。その狙いは。

工藤 宿題はとても無駄だと、皆さんは分かりますか。勉強ができる子にとっては分かっている内容ですし、苦手な子は分かる問題しかやらないのです。なぜかというと、生徒たちにとって、宿題は提出することが目的ですから。つまり分かる子にとっても分からない子にとっても、ほとんど役に立っていないというのが私の考えです。

では、本当に役立つ宿題とはなにか。「分からないところだけやる」というルール決めをするのです。例えば20ページくらい宿題を出して、分かるところはやらなくていいから、分からない問題を誰かに聞いたり、自分で調べたりして1問でもやってくるように指導する。重要なのは量ではなくて、この生徒が今までできなかった問題を1問でもできるようにするということ。その子にとっては、こちらのほうが価値あることじゃないですか。

■トップダウンでは改革できない

宮田 工藤先生は思い切った改革に次々踏み切っていますが、学校内外からはどのように理解を得ているのですか。

工藤 他校の先生が聞くとびっくりするような改革をどんどんやっていますが、共通するのは「目的と手段を、しっかり皆で考えられる学校組織にする」という意識のもとで動いていることです。

私のトップダウンではなく、教員からも改善点を募っています。それらを目的に照らし合わせ、この手段は適切だろうかという話し合いを重ねます。教員それぞれにこだわりがあるので、最初は自分の経験則で物事を考えて発言します。必ずぶつかります。ですが、目的達成のための上位目標が合意形成されると、自ずとそれぞれのアイデアが出てくるようになります。これをまず職員会議や学校の中で論議し、次のステップは保護者、それから生徒たちといった順に理解してもらう。生徒も保護者も学校の教員も、全員が同じ目的を共有することがポイントです。

目的達成のために手段にこだわりすぎて、ぐちゃぐちゃになったときに、上位目標の合意形成をして、それから手段を決める。日本人はこの一連の作業が苦手と言われていますが、自校ではこの段階を何より大切にしています。

井之上喬CEO

井之上 こうした取り組みが中学校で行われるのは素晴らしいですね。目的を設定してものごとを始めるのは、元来、日本社会にはなじみがないのではないでしょうか。

何かに行き詰まったときに、本来の目的に立ち返り、統合的・戦略的な取り組みを行うという考え方、これはまさにパブリック・リレーションズの重要なプロセスでもあり、今の日本企業にも欠けているものです。

学校でこうした点を伸ばす取り組みは、今日の日本にとって非常に意義深いと感じました。