「学びを変える学校の開き方」 教員は社会に取り残されたままでよいのか(下)

目の前のことに手一杯で、学校教育の現状に危機感を覚えつつも、行動に移せない――。そんな悩みを抱える教員も多いだろう。日々の業務をこなしつつ、一歩踏み出し、学校教育と社会をつなぐためには何ができるのだろうか。自らの固定概念を壊し、斬新な教育改革を推し進めてきた東京都千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長と、都立武蔵高等学校・附属中学校の山本崇雄教諭、そしてパブリック・リレーションズの専門家で、社会情勢に詳しい井之上パブリックリレーションズ代表取締役会長兼CEOの井之上喬氏の3人が、「学びを変える『学校の開き方』」をテーマに討論した。コーディネーターはTeacher’s Lab.代表理事の宮田純也氏。


山本崇雄教諭

■管理職に現場の声が届かない

宮田 それでは参加者の皆さんから質問を募りましょう。

「多忙すぎて目の前のことに手一杯で、今の学校教育に何の疑問も持たずに、とにかく前例を踏襲する教員たちに問題意識を持ってもらうには、どうすればいいでしょうか。特に管理職の教員に伝わっていない気がします」

山本 現場の教員が抱えている今の教育に対しての疑問や課題が、管理職にまで届いていないということですね。

先日、全校職員にこれからの教育について30分間、プレゼンする機会がありました。正直、大きな変化はありません。ただこれは私の強みでもありますが、どんな状況でもまず自分の枠の中から改革しようと切り替えます。例えば50分の授業時間や部活、分掌で、自分がやりたい教育をやる。それを続けていくと、必ず興味を持ってくれる人が出てくるので、そこで理念を語ります。

いきなり最初から理念を共有するのはとても難しいので、本当に地道な作業の積み重ねです。だんだん外部から見学に来るようになって、生徒たちに生き生きとした姿が目立つようになると、「山本の授業はどうなっているのだ」となり、校長が「じゃあ30分、山本の話を聞いてみるか」というふうになる。

工藤先生もよくおっしゃりますが、決していまの状況を不幸だと悲観しないでください。他校と比べる必要はまったくなくて、自分の枠の中で自分がやりたいことをできているかに価値基準を置いてください。

例えば、麹町中のように、定期テストがなかったり、担任制がなかったりすれば、もっとよい教育ができるのにと思ったとします。ですが、そう簡単になくならないですよね。なくならないから何もできないわけではなく、自分ができることをコツコツやりましょう。ですから私は今の環境は不幸だと思わないですし、今の管理職がだめだとも思いません。

工藤勇一校長
■利害関係をコントロールする

工藤 私は今の皆さんのように「自分の思い通りに物事が運ばない状態」に陥ったときの打開策を、生徒たちに教育しているのだなと感じました。

例えば、一人の生徒がチームのリーダーになったとします。当然、生徒同士でトラブルになったり、ハードルにぶち当たったりして、皆を動かそうとしても動いてくれない状況になります。まずそのリーダーに、「動いてくれないのは誰? 協力してくれるのは誰?」と聞いてみます。そうすると、「A君とB君が動いてくれない、でもCさんは協力してくれる」といったように、生徒自身で分析して自分の利害関係者を認識します。

そこから「A君とB君はなぜ動いてくれないのだろう」「動かすためには、どんな戦略があるだろう」といったように質問を繰り返していくと、「A君とB君と仲の良いCさんに協力してもらうといいかも」「自分の名前を売ろうとリーダーになったと思われているかもしれないから、誤解を解こう」など、客観視して自分自身で戦略を立てられるのです。

これが一斉指導型ではない授業で、私が実現したい教育の形です。よく考えてみてください。社会に出ると、一斉指導型で何か情報を得て、仕事に取り組むことは、まず無いですよね。つまり井之上さんの専門でもある「パブリックリレーション」の積み重ねです。利害関係がある他人と、何かと何かをつなぎ合わせて、何かを生んでいく作業をしなければならない。

そしてこの一連の考察は、私たち教員がいまやらなくてはならないことでもある。世の中は変わらない前提で、この中にはどんな人がいて、どこから働きかけると何が変わるのかを見極めて動いて作業していく。それの繰り返しです。立場ができてくると、より多くの人を動かすことができるようになるだけです。

井之上 そうですね。意外に思われるかもしれませんが、利害関係を意識したやり取りは小さいうちから学んでおくべきです。子供の場合は、親や兄弟、親戚の人、学校の先生、友人、近所の人などが利害関係者つまりステーク・ホルダーになりますが、目的を達成するためには、どういう利害関係者が自分を取り巻いていて、どんな手を打てばいいのかを冷静に分析する。

この質問に専門家の観点からアドバイスすると、まず目的達成のためにどのような利害関係者との良好な関係構築を行うかが重要になります。そしてターゲットへの発信手段を研究するべきです。ご自分で直接発信するのもよいですが、例えば校長先生がターゲットなら、校長先生に対して影響力のありそうな教頭先生や主任の先生に、課題と改善点を指摘し理解してもらって…といったように。つまり、目的達成のためにインフルエンサーを通じて相手に伝えるといったことも必要になる。インフルエンサーは目的によって変わります。これ以外に保護者会、校友会、これが利害関係者をマネージする、つまりステークホルダーリレーションシップ・マネジメントということになるわけです。

井之上喬CEO
■自分の成功体験を疑うべき

宮田 今回のテーマは「学校教育を外に開く」です。改めて、そのために教員が乗り越えるべき壁とはなんでしょうか。

山本 私自身も講演するときに、他の先生方にこう問いかけます。「あなたの教育改革を阻害するものは何ですか」と。保護者や入試、管理職、同僚…、いろいろな要素がありますが、意外と大きいのは自分自身の固定概念なのではないでしょうか。

教員一人一人の持っている固定概念が一番の壁になっている。やりたいことを実現するときは、まず自分の中の成功体験価値基準を置きがちです。これをやったら学力が落ちるのじゃないか、テストの点数が下がるのじゃないか。本来の目的ではないところに価値基準を持ってしまい、それを乗り越えられないことが一番の障害かなと思います。

工藤 私もやはりそこだと思います。人は自分の成功体験を否定できないのです。

例えばうちは定期テストをやめましたが、私自身は中学時代、どちらかというと得意でした。テストに向けて計画を立てて、それをやり通して、目標の得点を取るという経験をすると、これは自分にとって役に立ったと勘違いしてしまうのです。いま締め切り間近に仕事を詰め込んでしまうのは、この経験のせいかなと思います。もし定期テストが無ければ、すぐやるという習慣が身についていたかもしれません。そんな気がしませんか。

このように自分で気付かなくても染み付いているものは山ほどあって、自分がうまくいっていると、だめだったと思えないのです。

他にも乗り越えなくてはならない壁はいっぱいあります。生徒や保護者とはもちろん、教育委員会、関連機関、民間の人たちも巻き込んで一緒に目標を定めていくためには、とにかくディスカッションしなければならない。同じ目標が見つかるまで、たくさん対話する必要があります。

私自身も打ち破りたい壁は、いまだにいっぱいあります。この教育業界であと10年くらいはやっていけるかなと思っているので、学校の組織ごと変えたいという野望があるのです。

学校の授業は午後2時くらいに終わって、それから複数の民間に入ってもらい、夜の10時くらいまでカルチャースクールとして施設開放する。生徒はもちろん、地域や外部の人も通えます。塾なんて基盤もなくなり、学力調査の壁もなくなり、本当の生きる力を育てる教育のもとに学校がある。そんな夢みたいなことを考えています。

その未来がかなったら、手段ではなく本来の目的に重点をおいた考え方ができる子供が増え、彼らが大人になり、政治が変わり、教育も変わり、社会も変わっていくと信じています。

井之上 これからのハイパー化したグローバル社会を生きる上で、倫理観の備わった強い「個」を育てることは、今の日本の閉塞(へいそく)感を打ち破る大きなカギになると思っています。子供の内からステーク・ホルダーを意識し、そのかかわりを通して自らの修正行為を身につけ、相手としっかりしたコミュニケーションをはかり、それぞれの目的を達成するパブリック・リレーションズが、多様性のあるグローバル社会で求められてくると思います。まさに学びを開き、多様な他者とのかかわりを知り、物事を成し遂げる力を身に着けることで、日本社会も大きく変わっていくのでしょう。