追い詰められる教頭ら(下)教頭はなぜ失踪したのか

京都市立小学校の教頭(56)が、今年5月11日から職務を放棄し失踪。同教頭は6月5日までの3週間余り神社の建物内で寝泊まりし、建造物侵入容疑で逮捕、有罪判決を受けて依願退職した。4月に着任して以降、事務処理を巡り校長から数度にわたって注意を受け、家庭内の問題も抱えて精神的に追い詰められたという。

教頭・副校長の失踪は、実はそれほど珍しい例ではない。勤務態度に問題のなかった管理職が何によって負担を強いられ、どう追い詰められるのか。いくつかの実例を取材した。


■着任4カ月で失踪した副校長

ある公立高校のA副校長は任用審査合格後、1年待って念願の昇任を果たした。進学実績も期待される中高一貫校への着任は、先輩教員らから褒めそやされたという。年収は1千万円を超えることとなり、一般企業に就職した大学の同期からは「結局、勝ち組はAだったか」などとうらやましがられた。副校長の仕事はよく知っている。分からないことは、同じ勤務校にいる中等部の副校長に聞くことができる。不安はなかった。ここで認められて、早く校長になりたいと希望を抱いていた。

しかし着任して3週間もたたないうちに、自分の認識が誤りだったと気付いた。まず、教員同士の仲が悪いのだ。中等部と高等部で見えない溝がある。進学校は教員間の対立があるとは聞いていたが、思った以上だった。問題は自分にも火の粉がかかること。ある教員に頼みごとをすれば、「それは中等部にも頼んだのか。高等部だけがやる理屈はあるのか」とくってかかられ、たまたま話の合う教員と盛り上がっていたら全く別の場面で、「副校長はあの先生と仲がいいから」と皮肉を言われた。「前の職場はあんなに仲がよかったのに…」と、過去を懐かしむ時間が増えた。

そして、教員への指導は想像以上に骨が折れた。午後からの研修に行く際の出発時刻が妙に早い。敷地内全面禁煙という規則にもかかわらず喫煙している。苦情の電話に逆ギレのような態度で応じる。机の周りがいつも散らかっていて、生徒に笑われている。派手なアクセサリーがPTAで話題になった――。

校長は教員らの言動や振る舞いに対し非常に細かく、それでいて自分では注意しなかった。「自分が言うと、後がなくなる。次は県に上げることになる」として、「Aさん、ちゃんと言っておいてよ」と常に言われ続けた。一度など、A副校長から注意された教員から不満を訴えられ、校長が「あの人は細かいからね」と答えているのを耳にしたこともある。校長室の脇にある給湯室にいて偶然聞いたのだから、実際はもっと言っていたことだろう。

■校長によるパワハラに苦しむ

校長のリーダーシップ発揮のために、副校長がヒール役になるのは分かっていたが、校長のミスまでかぶらされることがあった。県が推進する事業の指定校を校長が点数稼ぎのために引き受ければ、それによって増大する事務処理は副校長が一手に引き受けざるを得なかった。いずれは昇任することを希望しているため、校長に反発はできない。教員に任せられるものもあったが、「あまりに嫌われていて、頼める相手がいなかった」という。

また、教員の働き方改革を進めるため、業務はさらに増えた。まず、勤務時間を管理し、まとめて県に提出するための書類を作る作業。残業の多い教員への指導も課せられた。部活動の負担を軽減するため、部活動指導員や学習指導補助員を探すのも副校長の仕事とされた。教員が「忙しい、忙しい」と言いながら勤務時間中に雑談し、明るいうちに退勤していく中で、朝6時半から深夜0時まで仕事する日が続いた。

7月中旬、成績不振の生徒と保護者を学校で面談する期間になった当日、校長から「これを必ず渡すように言ってよ」と、プリントを渡された。1学期に成績不振だった生徒が、学校の補習を受けて大きく変わり、一流大学に受かったという体験談やデータ、「校長からのメッセージ」などが書かれていた。急いで必要枚数分印刷し、学年主任に依頼して担任から必ず渡すよう指示した。眉をひそめているのが分かった。

翌朝の打ち合わせで、3年の学年主任から「担任は面談で非常に気を張っている。見せる資料、話す内容、渡す課題はそれぞれ違い、ミスが許されない。そうした中で当日の直前に、バサバサとプリントを押し付けられるのは迷惑だ」という発言が出た。見るとほとんどの教員が賛同するようにうなずいている。校長を見ると半笑いで「何、Aさん。あれ当日に渡したの」と言った。耳を疑ったが、盾突くことなどできない。教員らに謝罪し、深々と頭を下げた。その日も最後まで学校に残ったが、虚無感で何も手に付かなかった。

次の日、いつものように家を出て学校へ向かった。しかし、行けなかった。知らないうちに「前の勤務校」にいた。「自分でもよく思い出せないが、気付いたら前任校の、かつての自席に突っ伏して寝ていた。前任校の校長が配慮してくれて、その日のうちに病院へ行った」という。

その後、A副校長は1カ月間の病休を取ったが、後に副校長として復帰し、元校長である非常勤教員や中等部の副校長に業務の多くを肩代わりしてもらうという復帰訓練の期間に入った。現在は順調に勤務している。

■多岐にわたる苦悩

A副校長のように、校長や教員との関係に苦しむ事例は少なくない。中には、校長が教員の信頼を全く得られずに校長室に引きこもりになり、援護していた教頭も人望を失って事務室に常駐するようになってしまったという話もある。

校長のパワハラに苦しむ事例も少なくない。怒鳴られるあまり、一時的に耳が聞こえなくなってしまったというケースも複数聞かれる。

文科省が「問題行動調査」や「英語学習状況調査」など数々の調査を都道府県教委に依頼すれば、それも結局は全て教頭・副校長(以下「教頭ら」と表記)の業務になる。教員の勤務時間を管理することになれば、それも教頭らの業務。県などに言われれば残業の多い教員を指導する役割も担うことになる。

福井県福井市では6月、市立小学校の教頭が30代教諭の出退勤記録を無断で改ざんした上、過少申告するよう促していたが、中教審「学校における働き方改革特別部会」委員の妹尾昌俊氏(本紙特任解説委員)は「氷山の一角」と指摘。「『残業100時間を超えると、教育委員会から怒られる(指導される)から、過少申告する』といった忖度(そんたく)が学校現場に働いている」という可能性を示唆する。働き方改革が目的でありながら、やはり教頭らの負担は増大していると言えよう。

PTAの会合や行事があれば休日や夜間でも出席。事件が起きればマスコミ対応に追われ、地域住民や保護者の苦情も受けなければならない。精神的にもすり減らされる。教頭らの不祥事を聞くと「どうしてあの人が…」という声が上がることも多いが、それだけ追い詰められているという見方もできる。

■教頭らの負担軽減

文科省は2019年度、主幹教諭を公立小・中学校に100人増員する概算要求を行うと発表したが、公立小・中学校は全国で3万校を超える。増員されるのは300校中1校で、「焼け石に水」との指摘もある。

また、主幹教諭は管理職の負担軽減を目的に制度化されて10年がたつが、主幹教諭の業務が明確化されていないこと、学年主任や教務主任などとしての業務が優先されること、教頭らによる指導の必要がある場合も少なくないことなどから、教頭らの負担軽減につながっているとは言い難い。そのことは、10年間で小・中学校の教頭らの勤務時間が増えているという16年度の文科省調査からも分かる。

全国公立学校教頭会は教頭らへ加重負担になっている業務を、▽依頼文章の処理や各種調査依頼への対応▽保護者やPTA、地域との連携▽苦情対応▽施設管理――とし、管理運営面での業務圧迫を強調している。

失踪を個別のケースとせず、学校の役割や教頭らの業務を一つ一つ見直して、手放せるものは手放す。「負担軽減」と言いながら、現実には教頭らを「何でも屋」と見なし業務量を増やすのではなく、一つ一つの業務について本当に教頭らがやらなければならないことなのか丁寧に洗い出さなければ、教頭らのワークライフバランスは守られないのではないか。

(小松亜由子)

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