いじめ防止対策推進法 見えてきた課題(4) 第三者委の視点

いじめ防止対策推進法(以下、法)が規定する「重大事態」と判断されたいじめの調査を巡り、調査組織の在り方や調査そのものに疑義が生じるケースが増えている。2016年8月に青森市の中2生徒が自殺した事案では、第三者機関の報告書案を不服とした遺族が、新たな委員による再調査を求める事態となった。被害に遭った子供やその保護者の心情に寄り添うよう定められた法の下、失意に沈む遺族をさらに傷付けてしまったのはなぜか。同事案の新委員の一人、「子どもの発達科学研究所」主席研究員の和久田学氏に話を聞いた。


■なぜ前審議会の調査は失敗したのか

青森市立中学2年の葛西りまさん(当時13)の自殺を受け、調査を進めてきた第三者機関「青森市いじめ防止対策審議会」(以下審議会)が17年3月末に示した報告書案は、自殺の主因を「思春期うつ」として、本人や遺族に非があるとも取れる内容だった。しかしその根拠は曖昧で、遺族側がただしても、委員の中には耳を疑うような憶測発言をする者もあったという。遺族はわが子を失った上、真実を知りたいという思いまで踏みにじられた。

なぜ最初の審議会は正しい結果を導きだせなかったのか。この審議会は15年6月、つまり、りまさんが自殺する約1年前に組織されている。法に基づき市教委が設置したもので、委員の選任に当たっては「人格が高潔で広く社会の実情に通じ、いじめ防止等のための対策に関して高い識見を有する者」(市のいじめ防止対策審議会条例)から、大学教授、弁護士、精神科医師、臨床心理士など5人を任命。全員、青森県内から選出された。

通常は年に数回、委員が集まり、小・中学校におけるいじめ防止対策などを審議するが、重大事態が発生した際には事件の調査委員会に移行する。この「機能のスライド」に伴う危うさを、和久田氏は指摘する。

「常設の審議会委員はやはり地域から集めます。全国から識者を呼ぶわけにもいかず、謝礼の額も限られているので。『あの先生は有名らしいよ』というような地元の評判で決まっていく。それが重大事態発生となったとき、個々の準備が何もない状態で調査しなければならない。実際に委員を経験して分かったのですが、事実の究明というのは非常に難しい。(常設の審議会は)調査には向かないと思います」
前審議会が残した調査資料の多くは事実を聞き取ったものではなく、審議会を介して当事者同士が対話した内容を記した「対話集」だったという。

「第三者機関のプロ」の必要性を語る和久田学氏

「お互いが歩み寄って解決法を探るもので、『修復的手法』というそうです。ただ、法で定められた審議会の目的は事実の究明であって『修復』ではない。初めから目的を取り違えていたと言わざるを得ません。事実の認定がないまま進めれば当然、判断も見誤ってしまうということです」

任期満了という形ではあったが、前審議会の委員は報告書を完成させることのないまま全員が5月末に退任。約半年後、遺族側の希望で全員が県外から選出された新委員6人による調査審議がスタートした。

「(いじめの重大事態の調査に関する)ガイドラインに示されている『保護者のいじめの事実関係を明らかにしたい、何があったのかを知りたいという切実な思いを理解し、対応に当たる』ことを基本に、前審議会の報告書案を全面破棄するところから始まりました」

新しい審議会ではまず、いじめと自殺に事実的因果関係(行為と結果の間の事実的なつながり)があるか証明することを目標に決め、事実の認定を積み重ねる調査方針を固めた。何をもっていじめと認定するか、定義についても全員で話し合った。資料から証言や日記の記述、出来事などを徹底的に洗い出し、事実に基づいて専門的な見地から各委員が考察を加え、トリガー(引き金)の判断に至った。りまさんの心身の状況を丹念に分析し、いじめと自殺との事実的因果関係を明確に示した報告書について、遺族側は記者会見で「納得できる内容だった」と述べた。

■「運で左右される審議会なんていらない」

和久田氏は新しい審議会を「理想的なグループだった」と振り返る。

「まず、会長(弁護士の野村武司氏)のリーダーシップが素晴らしかった。審議会は設置した教育委員会に主導権があると思われがちですが、(独立した調査権限を持つ)審議会の立場をよく理解されていて、教育委員会にも学校にも毅然(きぜん)とした態度で接し、介入を許しませんでした。調査に当たって提供された資料のほとんどは整理された情報でしたが、『そういうものはいらない、生の情報をくれ』と、メモ書きやテープ起こしを出すよう強く求めるなど、徹頭徹尾シビアでしたね。だからこそ委員たちも事実究明に向けて動くことができた。

委員もエビデンスに基づいた考え方をする方が集まっていたので、診断基準、判断基準が非常に明確でした。一方で、メンバーの中には学校現場を詳しく知る人がいませんでした。ただ僕には教員経験があって、審議会では(専門の小児発達学の知見よりも)むしろその経験が生きた。現場を知っている人間にしか判断できないことは多いですから、そういう意味でもベストパートナーだったと思います」

しかし、今回の審議会はそういった点まで見越して人を選び、組織されたわけではない。「教委の担当者が『人が変わるだけでこんなに違うのか』と感想を漏らしていましたが、審議会の成否を決めるのは『運』なんです。ご遺族は『運で左右されるような審議会なんていらない』とまで言っていた。僕ら委員の間では、『第三者機関のプロ』を作ったほうがいいのじゃないかという話をしました。第三者性がしっかり担保された、審議プロセスのノウハウとスキルを持った人のグループがあれば、皆安心するんじゃないかと」

■委員のなり手がいない

ただ、そういった精鋭集団を組織するにはさまざまな障壁がある。最も大きいのは報酬の問題だ。

「条例で決まっていて、日当数千円と交通費。もし同じ人がずっと委員をやっていたら、どんどん貧乏になっていくと思います。膨大な資料を読み込む時間や執筆にかかる時間は補償されないし、休業補償もありません。遠方で前日に宿泊しても自分持ちです。医者や弁護士の委員が本来の業務に置き換えれば数十万に値する仕事をしても、『時給換算すると800円くらいだったよ』という方もいた。たぶん誰もやりたがりませんよね。そうした制度上の問題がある」

加えて、法で第三者機関による重大事態の調査を義務付けてはいても、調査手法や第三者機関の在り方の共通認識はなく、委員らへの「丸投げ」になっている実情が挙げられる。日本児童青年精神医学会は今年6月、委員にかかる負担の大きさなどを理由に、重大事態に関する第三者機関への「委員の推薦を見合わせる」とする意見書を公表した。

■形だけ整えて中身を入れない

こうした問題について、法制上の課題はあるのだろうか。

「法律はほぼ正しいと僕は思う。ただ具体性がない。具体性に欠ける部分を教委が埋めているわけですが、研究者ではないので新しい情報を持ち合わせていない。制度や組織をつくっても、中身は変わっていないんです。実際、今回の事案の中学校ではいじめ防止基本方針を整備していましたが、その中で定めた会議や活動の記録がなく、実際は運用されていなかった。形だけ整えて中身を入れない、というのは日本のあしき習慣です。中身を入れるにはマニュアルや研究、そしてそれを実行できる人材とアイデアが必要です。大学の教育学部やNPO、研究者を交えた構造改革が必要だと思います」

【青森市で発生した中学2年生いじめ自殺】
2016年8月、青森市立中学2年の葛西りまさん(当時13)が線路に転落、列車にはねられて死亡した。加害者の実名を挙げ、いじめに遭っていたことを記した遺書がスマートフォンに残されていたことから、第三者委員で構成される審議会が調査を実施。17年3月に示した報告書原案の内容に遺族側が疑義を呈し、同年12月から新委員による再審議が行われた。