残業代求め提訴した教諭に聞く 現場に懸ける思い(上)

時間外労働に残業代が支払われないのは違法だとして、今年9月に埼玉県を提訴したA教諭。22歳で教員に採用されてから38年間勤続し、現在も市立小学校で担任を務めるが、来年3月の定年退職を前に「全国の教員が強いられている無賃労働を、次の世代に引き継いではいけない」と、現役教諭としては異例の訴訟を起こした。

代理人の若生直樹弁護士は「和解が目的ではない」と話す。「全国の教員に波及しうる問題で、この裁判だけでは終わらない。しかし、正規の勤務時間では終わらない業務を課せられているにもかかわらず、残業代が出ないのは大きな問題」とし、「一審判決まで少なくとも1~2年。高裁、最高裁まで続くと長年にわたる裁判になる」と述べる。

A教諭は今も担任を務めており、児童・保護者らの混乱を避けるため匿名で活動している。公表については検討中だという。教員の働き方がどうあるべきかを真正面から問う決断をしたA教諭に、提訴にいたった経緯などを聞いた。


■提訴した理由
――定年退職を目前に控えて提訴を決意した理由は?

あるとき、若い女性教員から「これまで通り懸命に教員としての仕事を続けるなら、子供を持たない結婚しかない」と言われ、がく然としました。若い先生にそのようなことを言わせる状況を、私たちベテランがつくってはいけないし、残してもいけないと思った。

全国の教員が強いられている無賃労働を、次の世代に引き継いではいけないと思い、提訴に踏み切りました。

■懸命に働いた若手時代
――教員を目指した理由は何ですか?

私はもともと中学校の教員になるのが希望でした。サッカー部顧問になりたかった。ですが当時は小学校教員が大量に採用されていた時代で、受験申し込みには「小学校での採用でもよいか」を尋ねる項目があり、「よい」にしたところ小学校での採用となりました。

最初のうちは「小学生相手なんて」と思っていました。でもその考えは、実際に児童を相手にして大きく変わりました。最初に担任した5年生はすでに人格ができており、考え方もしっかりしていて大人に近いと感じました。子供たちから教わることばかりでした。初担任した児童を卒業させた後は1年生の担任になり、ここでも児童が自分の心を持っていることに気付かされ、「一生、小学校の先生をやろう」と決めました。

小学校普通免許は2年間で取れましたが、そもそも法学部卒で、教育学の基本が身に付いていないところがありました。小学校の教員を一生涯続けるために、しっかり勉強をし直そうと、大学院に通いました。私の人生の中で一番勉強した時代です。朝から図書館へ行き、講義を受けてお昼を食べたらすぐに図書館へ。勉強したいことがたくさんあった。とにかく勉強が楽しかった。その時に身に付けたことが、今でも私の大きな財産になっています。

――教員生活を振り返って、誇っていることは?

現場経験を積み重ねる中で「一番自慢したいのは担任としての力」と言えるようになりました。これまで38年間担任を務めてきて、学級の中から不登校の児童を出したことがありません。
今、話題になっている、発達障害の児童についても、その対応についていつも考えています。病院を受診させて薬で症状を抑えるのではなく、本人が自分自身に気付き、自分の課題に気付いて適切に行動できるような手だてを、常に心掛けています。
その延長線上に、今回の提訴はあります。

A教諭の提訴を担当する若生弁護士
■抱き始めた数々の疑問
――「延長線上」を具体的に言うと。

学校現場もたくさん課題を抱えており、教員は多大なる苦労を強いられています。一度立ち止まって、課題を見いだし、解決する手だてを模索しなければならないと思います。

そう考えるようになったのは37歳ごろでした。管理職選考を受けられる年齢になり、手の届くところまで来た。熟考した結果、「管理職は自分の一生の仕事じゃない」「ずっと子供たちと一緒にいよう。担任の道を究めよう」と決意しました。

私は、一人一人に合わせた指導を実践してきました。そして、毎日夜8~9時まで働いていました。自分で決めた自主的な仕事だったので毎日がとても楽しかったのです。

それがいつの間にか、自分で決めた自主的なものではない仕事が増えてきました。そして、自分の意に反する仕事まで要求されるようになってきたのです。

――それと残業代の関連は。

まず、残業代が付かないと仕事が精選されないということです。

私はずっと公務員は残業代が出ないものだと思っていました。ですが、知り合いのご主人が警察官で、警察官には残業代が出ていることを知りました。さらに、趣味のサッカー仲間の一人が自衛官で、自衛官にも残業代が出ていることを知りました。市役所の職員に残業代が出ていることは知っていましたが、出ていないのは教員だけとは思いませんでした。

残業代が出ないのだから教師の仕事量は減っていくと思っていましたが、残業代が出ないと、ただ働きと同じなので仕事量に歯止めがかからないのが実際です。

その後、「教育職員の給与等に関する特別措置法」、いわゆる給特法について知り、教員の給与に関心を持つようになってきました。

――公立学校の教員は、基本給の4%にあたる「教職調整額」が支給される代わりに、時間外手当や休日手当は支払われない。法律上、時間外労働とみなされるのは「生徒の実習関連業務」「学校行事関連業務」「職員会議」「災害時の緊急措置」の「超勤4項目」のみで、部活動指導を含むその他の業務は全て「教員の自発的行為」というものですね。

それによれば、教員には超勤4項目以外に残業がないとされています。

ですが、現実に教員の仕事は膨大です。休憩時間どころか、トイレに行く暇もない。それなのに、仕事はますます増えていく。

――残業代が出ないのだから仕事がなくなるかと言えば、正反対だったのですね。

近年では事務的な作業が膨大に増えました。その中で一番大事なのは教育委員会から指示された仕事、次が会議。そして保護者からの依頼に、管理職などへの提出書類、学級事務。授業準備ができるのは最後です。

さらに今の勤務校では、登下校指導やあいさつ運動の指導など、これまで以上に多くの業務を要求されるようになりました。「登校指導の日は時間調整で早く帰れるよう、日課の調整を」と要求しましたが、校長先生は「今まで通りでお願いします」とだけ。結局、教員は終わらない仕事を抱えて早朝出勤や残業をしています。

昨年度の話ですが、職員会議で「私たちの超過勤務は無賃なんです」と発言したところ、校長は少し顔をしかめて「教員には調整手当が付いているのだから」と答えました。

調整手当は超勤4項目に限られています。それを教員ばかりか管理職でさえも知らない。それが現状です。

(聞き手・小松亜由子)