文化部活動の課題と可能性 シンポで討議

学校の文化部を持続可能な部活動にしていくには、どんな改革が必要なのか――。11月1日に開催された文化庁の「文化部活動の在り方に関する総合的なガイドライン作成検討会議」で示された、文化部活動ガイドラインの素案では、運動部活動ガイドラインに沿いながらも、一部に文化部活動独自の記述も盛り込まれた。それに先立ち、10月20日に明治大学(東京都千代田区)で開かれた『部活動改革2.0 文化部活動のあり方を問う』(中村堂刊)の出版記念シンポジウムでは、検討会議座長であり、日本部活動学会会長の長沼豊学習院大学教授をはじめ、検討会議委員の妹尾昌俊氏(教育研究家、本紙特別解説委員)、同じく齊藤勇氏(ふじのくに文教創造ネットワーク理事長、「地域部活」掛川未来創造部発起人・顧問)、元私立高校教員で競技かるた部の顧問だった由井一成氏(学習院大学大学院)の各著者が登壇し、文化部の課題と可能性を語り合った。


■多様な文化部の厳しい現状

由井 高校教員時代は競技かるた部の顧問をしていた。教員のマンパワー不足は明確にある。学校で指導者がいない。さらに、県全体で運営している高文連の組織は教員の自主的なボランティアだが、そのなり手不足が深刻だ。部活動や大会の持続可能性という観点から、これらの問題を解決すべきか。解決しなければ、競技かるたという部活動を運営できなくなる。

妹尾 文化部に限らず、教員にとって部活動の負担が重い。それ以外の仕事の負担も大きい。教員の役割を狭めていき、仕事をシェイプアップしなければならない。その流れの中で、一部の部活動をやめたり、大会を縮小したり、行事を見直したりという痛みが伴う可能性はある。働き方改革の中で学校もそうせざるを得ない。文化部固有の問題として、コンクールや大会を目指す部は運動部と違って場所の確保がしやすいので、活動時間が長くなりやすいという点もある。

齊藤 中学から大学まで吹奏楽部で猛練習をしてきた。その時の体験がネガティブなものではなかったので、とことん練習することを当初は肯定していた。しかし、現在の部活動は私たちの頃と比較にならない。毎週末にイベントがあって、一体いつ授業をしているのだろうという感じだ。コンクールや定期公演などに向けた練習に必要な活動時間だけでも、ガイドラインの枠組みではとても無理だ。

もう一つ、吹奏楽部に入部したらすぐにフルートやクラリネットなどの楽器を買っている。学校の備品ではない。全国の多くでそうなのではないか。楽しくて高校まで続ければいいが保護者の負担は大きい。このままでは家庭の経済力で部活動ができないということも増える。楽器だけではなく移動の際のバスのチャーター代、トラックによる楽器の運搬代の多くは保護者が負担している。学期ごとに専門の指導員によるレッスンをやっている学校もある。

■地域部活動の可能性

妹尾 教師の負担軽減だけでなく子供の負担軽減も考えたい。子供の自由な時間のうち、部活動が占める割合が多いのは考え直さないといけない。経済的な部分は悩ましいが、どこまでをプライベートでやって、どこから学校教育でやるのか。プロになりたければ専門の指導者に付いて部活動には入らないだろう。部活動はプロを養成するわけではないのに、競技性が優先されるようになってしまっている。

由井 競技性が入ると熱くなるのは競技かるたがまさにそうで、周りがやっているなら自分たちもと雪だるま式に活動が増えてしまう。どこかで歯止めをかける必要がある。「周りより練習しなければ勝てない」という発想は際限がなくなる。練習の質という点でも、細分化して特質に沿ったトレーニングをしていくことは、スポーツ科学と一緒だ。

シンポジウムに登壇した4人の著者(手前から齊藤氏、妹尾氏、由井氏、長尾教授)

長沼 生徒が実際にどれくらい部活動をしているかをスポーツ庁が調べた。それによると、週当たり950分が部活動だ。授業時間は1450分なので、授業対部活動は6:4になる。あくまで平均値なので、部活動が第一という生徒もいるだろう。

妹尾 文化部でどこまで科学的になるかは私も専門家ではないから分からないが、スポーツでは練習すればいいわけではない。一定の休息も必要になる。文化部も規制をかける理屈を考えないといけない。子供のためにも、生涯にわたって文化活動に関わっていける人間を育てることの方が、学校教育において有益だ。

長沼 そういう意味では地域に拠点を移すというアイデアがある。

齊藤 中学生でいろいろな体験ができるのはいいことだ。何に興味を持つか分からない。自分が表現者になって、演劇や音楽や朗読などの自己表現をして自分の喜びを感じられる。いい演奏者の鑑賞などの機会を頻繁に提供することは、学校では難しい。

私たちの「未来創造部」はそれこそ大事だと思い、週末にプロの演奏会を聞きに行くプログラムを実施している。子供たちはいろいろなことに関心を持っている。私は、部活動はそこまでで良いと思っている。それ以上やりたければ、習い事や地域の団体に入ればいい。「未来創造部」は多くても週に3日しかないので、楽団や習い事とも両立できる。

長沼 どこまで学校でやって、どこから地域展開できるのか。その境界線は地域や学校によっても違って良いと思うが、持続可能な形を考えなければいけないだろう。

■多様な大人との関わり

妹尾 学校教育の一環としての部活動の問い直しが必要だ。どの教員も部活動の目的を聞かれて「大会で勝つこと」とは言わない。誰もが教育的意義を強調する。そういった目的や狙いであるならば、今の活動量を維持する必要があるのかという問い直しは必要だろう。

教師の負担軽減にも関わるが、採用3年目までは部活動をしないという長沼教授の提案には同感だ。有限な1日24時間の中で、睡眠や授業の時間を除いた時間を何に使うか。どこにウエートを置くのか。

部活動がある程度プライベートの時間に対して抑制的でなければならない。部活動のウエートが高すぎるのではないかという議論が必要だ。改革が進む中である程度サービスの質は下がらざるを得ない。このことについて社会的な合意が得られるかが課題だろう。

由井 肥大化の問題はある。高文連の組織が疲弊してしまっているのは競技かるただけにとどまらない。何もしなくてもサービスの質の低下は間違いなく起こるだろう。ただでさえ忙しい教員の中で、手を挙げてくれる教員は情熱的な人。その人たちを疲弊させていいのか。

神奈川では高校で競技かるた部だったOB・OGが大会に関わっている。このOB・OGスタッフの手助けなくして、大会や合同練習会は成り立たない。こうした部分で仕事をシェアできるようになれば、改革の痛みをある程度和らげることになる。一方で、責任を持てる人が存在しコントロールしていく必要はある。

今までの枠組みを超えて、どういった形で削減・補塡(ほてん)が無理のない形でできるのかは考えないといけない。

齊藤 地域部活動は、地域で支えられていることが不可欠だ。子供たちも地域に貢献したいという意識がある。従って、部活動の受益者が部員だけでいいのかということを考えている。支援してくれる企業や地域住民にメリットがあり、誰もが地域部活動に参加できる枠組みにしないと支えてくれない。学校、地域、保護者、生徒、みんながWin-Winになれるものが地域部活動だ。

妹尾 教員から、土日に地域の行事に駆り出されるのが負担だという話を聞くことがあるが、学校行事や授業にもっと地域の人が入ってくれるようになると、十分な地域貢献になる。まずは教育課程の中で地域貢献の発想を持つと、部活動はもっと負担が軽くなる。

長沼 学校と地域の関係をダイナミックに動かす。コミュニティ・スクールやチーム学校の考え方が重要だ。

妹尾 教員は児童生徒のために頑張っている。ただ、教員だけの経験値では限界がある。2100年よりも先を生きる子供たちだから、いろいろな価値観の大人と接していた方が経験豊かになる。

『部活動改革2.0 文化部活動のあり方を問う』

長沼 子供たちが日頃出会う大人は、保護者と学校の教員くらい。第三の大人との出会いや関係性をつくっていくことが大切だ。

由井 部活動の生涯性を考えたい。「書道部を引退したら筆を持たなくなる」「吹奏楽部を辞めたら楽器を触らなくなる」、それでいいのだろうか。生涯活動としてやっていくと、さまざまな人との交流もできる。

競技かるたは年を取っても楽しめる。学校の中だけでなく、縦・横・斜めの活動を実現していくことで、幅広い人間関係が構築でき、子供たちの成長にもつながっていくだろう。そうなれば部活動が学校の中で有機的に機能していくはずだ。

妹尾 子供にとっても教員にとってもやってよかったというのは、コンクールの賞など、目立つものだけではないはずだ。中高生が大人と一緒に教えたり教わったりすることだって価値がある。文化部の活動は探究型、プロジェクト型学習に近いものがある。授業の中でのアウトプットに限界がある中で、課外活動として部活動で展開できる。良い意味でアクティブ・ラーニングの場になる。

(藤井孝良)