未来の部活動を考える(上) 「なぜ部活動は『悪者』になったのか」

現場教員から見た「部活動改革」の理想とは、どのような形か――。教員の多忙感解消が急務とされる中、国は運動部に関するガイドラインを示し、各自治体も外部指導者の導入を進めている。しかし、現場からはすでにいくつもの課題が指摘されている。

この公開鼎談では、全日本中学校長会(全日中)会長として中学校教育の最前線に立ち、現場の声を発信する山本聖志校長(東京都豊島区立千登世橋中学校)と、教育社会学の研究者として運動部・文化部に関する膨大なデータを踏まえ、課題や具体的方策を示す西島央准教授(首都大学東京)、15年以上にわたる中・高・特別支援学校での指導や、東京都教委で指導主事を務めた経験をもとに、次世代教員の養成に当たる阿部隆行専任講師(東京国際大学)が、現場から見た施策の課題と、これからの部活動の在り方について語り合った。全3回。


■「部活動改革」が「働き方改革」をもたらすか
――参加者から「部活動が教員の多忙化の一因と言われる一方、授業以上に部活動に情熱を注ぐ教員が見受けられる。本当に部活動は教員の多忙化の要因なのか」という質問が寄せられています。いかがでしょう。

山本 さまざまな調査の結果から、部活動が教員の多忙化の一因であることは間違いないと言えます。特に中学校教員にとっての部活動ではさまざまな問題提起がされ、「ブラック部活動」という言葉も一部で見受けられるようになりました。

「授業以上に部活動に情熱を注ぐ教員」という表現には問題があります。教員にはまず授業で勝負していただきたいのですが、部活動大好きという教員がいるのも事実。部活動は主要因ではなくとも、多忙化の一要因ではあります。

――山本先生は難しいお立場にいらっしゃいますね。
山本全日中会長

山本 ええ、私は現在、矛盾した立場にいます。私は現場の教員であり、そして全日中会長を引き受けています。その立場で全国の学校の忙しさを考えれば、学校の業務の低減やスリム化を進めなければならない。

一方で、日本中学校体育連盟(中体連)の会長を兼務しています。中体連は、各種競技種目の大会を実施する組織です。先週で夏の全国大会を終えたところですが、生徒たちの活躍は素晴らしい。この中から未来のオリンピアンが出るのは間違いないという質の高い大会です。これを継続しなければならないという立場にいます。

スリム化した方がいいのか、部活動を振興させた方がいいのか。大きなストレスを抱えているのが現在の私のスタンスです。部活動については、まさにこうした矛盾を整頓しなければ、未来に禍根を残すことになりかねないと考えています。

西島 中・高校生の部活動の在り方に関するアンケート調査結果をまとめた本を、2006年に出版しました。その結果を読まれた先生方から「生徒だけではなく教員の在り方も多様。その状況を知りたい」という声があり、07~08年ごろに教員を対象とした調査をしました。また、ここ数年の間にも中学校の先生方に調査をしてきています。

その結果からは、先生方のお仕事の中で部活動が占めている割合は一定程度あり、多忙化が進んでいるということも分かります。

ですが一方で、多忙化という変化の軸を考える際には幾つかの観点から見る必要があります。例えば文科省が16年に行った教員勤務実態調査では、06年調査に比べて、土曜日の教員が部活動指導に当たる時間が約1時間増えていることになっています。以前は平均1時間しかやってなかったのが、2時間に増えています。このデータをもって、部活動の練習・活動時間が10年で1時間長くなったと指摘されることがあります。

――たった10年で1時間も増えたことになっているのですか。不思議ですね。

西島 ところが、よく見ていくと、いろいろと裏が分かってくる。例えば、部活動を指導する先生の割合も、10ポイントぐらい増えています。また、先生方が実際に練習・活動の場面に参加するようになっています。これは、学習指導要領で意義と位置づけが示されたことや、事故対応の必要が叫ばれているからでしょうね。部として練習・活動している時間は実は変わっていなくても、教員が生徒と共にいる時間が増えているとも言えそうです。

また、少子化の影響で教員数も減っているのに、部活動の数はほとんど減っていないので、平均値で見ると教員一人あたりが部活動に割く時間が増えたとも言えます。つまり、実際の部活動の練習・活動時間が増えたかどうかと、教員の部活動指導時間が増えたかどうかとは別に捉える必要があります。

――調査結果は慎重に読み解く必要がありますね。

西島 部活動以外の業務の部分も実は増えています。文科省は13年に、土曜日に特別活動などを行うことを認めましたが、実際に、土曜授業を行っている学校は10年前より増えているなど、そもそも全体の仕事量が増えています。

阿部 私は実際に自分が部活動顧問をやっている時には、多忙さや負担感を全く感じていませんでした。感じるかどうかの違いは、自分で部活動をコントロールできるどうかにかかっていると思います。

日本体育協会(現日本スポーツ協会)の調査にもありましたが、その種目の経験がないのに指導している教員が約45%いる。そのような先生方は自分でコントロールできず、生徒や保護者の要請で顧問を担うなど主体的にやっていない場合があります。主体的であれば勝ち上がっていくごとに満足感や自己肯定感は上がっていきますが、そうでないと、勝ち上がれば引率する日数が増えるだけなので負担にしか感じられない。

「ブラック部活動」と言われるような表面化した部分や多忙と感じるかどうかは、顧問の置かれている状況によるところが大きいと思います。

■「子供にとっての部活動の意義」とは
――教員の多忙につながっているという部活動ですが、それが持つ意義はどういうものか。社会学者の立場からはいかがですか。

西島 スポーツや芸術というのは、長い歴史のなかで作り上げられた人間固有の活動です。しかし家庭や地域の環境によって、それらの習いごとをするのが難しい子供もいます。部活動は、それらに触れる機会、それらを享受する機会を、少なくとも一種類は家庭や地域によらず提供してくれます。ここ数年、子供の社会的な格差が問題になっていますが、部活動に参加することで、ソーシャル・キャピタルを獲得して、少しは格差を埋めることができたり、安定した人間関係のきちんとある生活につながったりと、部活動はセーフティネットの役割を果たしていると思います。

――子供から見た部活動という視点ではどうでしょうか。
西島准教授

西島 大人は、子供は「好きなことが上手になる」ために部活動をやっていると思い込んでいますが、アンケート調査で中学生に「部活動の効用は何か」と尋ねると、だいたい一番多いのは「仲のよい友達ができること」です。子供にとって、放課後や週末の空いた時間を仲のよい友達と一緒に何かしながら過ごせることが一番大切だし、身近に感じられる部活動の楽しみなのだと思います。

山本 生徒にとっては「ブラック部活動」とか部活動の問題点は、あまり関係ないように思います。部活動を一言で少し格好つけて言えば、青春の1ページだと考えています。本音を言えば、私は部活動肯定派。学校にあるのが当たり前という率直な感想を抱いています。ただそこに大人の考えが入ると「ブラック部活動」やガイドラインの問題などが出てくる。行く末を案じています。

■教員にとって部活動は負担でしかないのか
――教員の立場で、部活動を捉えるとどうでしょうか。

阿部 世間的にはいろいろな言われ方をしていますが、私が教員になろうと思ったきっかけの一つが部活動でした。特に体育の先生では多くが、教科指導が専門と言いながら、実情ではやはり自分の得意種目の部活を教えたいという思いがある。

実際には、生徒の部活加入率が5割だったりすると、どれだけ教員が力を入れても残りの5割の生徒には何もしてやれないことになる。そう考えると全員をどこかの部活に加入させて、居場所ややりがいを見つけさせたいという考えになっていくのではないかと思います。

山本 教員の立場では結構明瞭です。学習指導要領の総則に「生徒の自主的、自発的な参加により行われる(中略)学校教育の一環」と書いてある。ですが、この「学校教育の一環」というところが実は積年にわたって悩ましい問題を突きつけている。言葉の上から見れば部活動は任意の活動ですが、教育と言うからには指導を伴うものと捉えるのが基本的な考え方です。

西島 私がよく伺うのは「中学校の場合、学習指導と部活動が学校生活の両輪」という話です。単に勉強だけだったら、塾へ行ってやればいい、家庭学習すればいいということになりますが、将来社会生活を送っていく上で必要なことを学校教育の中で教えてきたというのが、日本の学校教育の非常に大きな特徴です。

いろいろな調査をしていくと、全体の傾向として成績のいい子は部活動も一生懸命やっている。学校生活に積極的に取り組もうとしていると、部活と学習の両方に関わることになるのではないでしょうか。

山本 生徒の側から見るとその通りだと思います。ただ、教員の立場で見ると、学習指導と生徒指導が車の両輪となります。その生徒指導を補完する役割として、部活動が重要だという捉え方をしています。

その意味で言うと、わが国で部活動の果たしてきた役割は非常に大きい。生徒指導を担い、生活習慣や礼儀を教えながら、一生懸命やらせることで生きがいを持たせたり、充実感を持たせたりして育てている。

――阿部先生の「5割の生徒をどうするか」にもつながりますね

阿部 はい。その5割が、例えばゲームにはまり、家で夜遅くまでゲームをやって次の日1時間遅刻してしまい、その結果進級できないといった問題も起きる。学校でできること、部活の意義を最大限使えればと思います。

部活動と学業の両立を「文武両道」と言いますが、私は今後の可能性として「文武不岐」という言葉を使っていきたい。「文」と「武」は違う領域のものではない、ということです。例えば課題解決能力を養うことは、教科でも部活でもアプローチできる。「資質・能力の育成」という部分で部活動を見ると、「勝つ」「うまくなる」だけではなく、コミュニケーション能力の育成や批判的思考力、課題解決能力の向上につながります。

西島 部活動加入率について、九州の中学生を対象として13年と15年に調査を行いました。もちろん100%加入している学校もあれば、70%くらいのところもあります。その中で、鹿児島県は以前、『必修クラブ』をいわゆる部活代替措置をとらずに、授業でやっていました。ですので、2000年度に行った調査では、加入率6割くらいの学校もあったんです。それが、『必修クラブ』がなくなった結果、部活代替措置をとっていた多くの県で部活動加入率が下がるなか、鹿児島県では逆に増えていきました。

「スポーツや芸術をできる場が身近にあったらいいな」と思っている中学生が多いということが言えると思います。とは言え、100%の学校は決して多くなく、東京など都市部では加入率が低い学校も出てきているかと思います。

■部活動はマイナス面も大きい
阿部専任講師

阿部 学習指導でも生徒指導でも部活がこれまで歴史的に担ってきたことは非常に大事だと思いますが、それを一つも手放さずに今まで続けてきてしまった。体力向上、オリンピックなど国際大会に向けた選手発掘、スポーツ推薦や内申書といった進学のためなどです。

生徒指導では、問題行動を起こす生徒を部活で抑え込むことにも使われています。週休2日制になった時には、空いた時間や生徒の育成を本来は地域に返すべきだったのが、土日とも部活にあてられるようになってしまいました。学校は何一つ手放さないまま「それは全部、部活でやりましょう」となり、先生方を追い込んでしまっています。

山本 部活動の役割をあまりにも重く学校が担うことで、別の問題が生じる。例えば、絶対許されないことですが、体罰の問題。教員が熱心さをはき違えて、生徒に退部や自死といった決断をさせてしまうこともあります。

阿部 顧問によっては、例えば、私立の強豪校などで、今日の試合で勝たなかったらクビ、学校との契約が切れるという状況にある場合もあります。尋常な精神状態ではいられないし、「楽しめ、笑っていけ」とは絶対言えない。負けても得ることがあるとか、教育的なところに持っていくこともできず、勝ったら評価されて、負けたら終わりという状況が体罰や暴言につながるのではないでしょうか。

山本 行き過ぎた指導はしばしば問題を生む。これは大いに反省をしなければならない。私が以前勤務していた学校で実際にあった二つの事例について触れたいと思います。

一つは吹奏楽部。顧問が異動して新顧問に代わってしばらくした頃、生徒たちが新顧問に詰め寄った。「先生、何でもっと練習させてくれないんですか」と。新顧問はベテランで以前から吹奏楽の指導を熱心にやってきた。しかし前顧問時代の活動は明らかにやり過ぎでした。

練習は朝7時から。放課後の部活が終わっても一度帰宅して夜の8時に再集合し、夜11時までやるという。これが毎日で、土日もある。その話を聞いて私は「頼むから先生、生徒の声を聞かないでくれ。そういう部活動にしてほしくない。中学生はいくらでもやるかもしれないが、全く自分の頭で考えなくなる生徒を生み出してしまっている危険性がある」と伝えました。せめて週に1日以上は自分で考えて行動できる、自由な時間を作ってくれと。ですが生徒は不満を言い続け、顧問はずっと悩まされていました。

――前顧問の行き過ぎた熱心さが禍根を残してしまったのですね。もう一つは。

山本 ある運動部です。試験1週間前になると部活動が中止になるのが普通ですが、部活動用の連絡黒板に、ある部が不思議なサインを書いている。どうも秘密の暗号で、校外の運動場を借りてひそかに練習していた。確かにその部は強い。全国大会に出る選手が育っている。ですが明らかにやり過ぎですし、けじめをつけて生活をするという、中学校でとても大事にしている部分もお構いなしでした。

私は校長として、「決してやり過ぎないで、生徒たちには時には休息や、自分で考えて行動できる時間を受け入れてあげるような、そういう部活動にしてください」と伝えています。

西島 僕は、私立の中高一貫校で、土曜日を含めて週3回練習のあるサッカー部に所属していました。都大会にもよく出ていました。東大に入学して同級生と部活の話になった時、僕の部活が週3回だったと言うと「ずるい。だからそんなにたくさん受かるんだ」と言われたんです。彼の通っていた中高ではどれほどやっていたのかと聞くと、毎日だという。ならばさぞ強かったのかと思うと、地区大会止まりだったそうです。やがて、毎日練習がある学校の方が普通だということを知りました。

山本先生がご紹介くださった例は論外ですが、毎日練習があるというだけで、よく言われる「勉強と部活の両立」は成り立っていないと、当事者はうすうす気づいているわけですよね。絶対毎日やってはいけないとはいいませんが、学校生活全体を見て、または学校外での生活も含めて、中学生の時期をどんなふうに過ごすのがよいか、その中に部活動をどう位置づけるかという捉え方が必要だと思います。