国際バカロレア日本大使が描く 真のグローバルスキル(上)

日本の教育は大きな変革期を迎えている。英語教育が重要視される一方で、AIの翻訳力も飛躍的に向上してきており、近い将来にはコミュニケーションにおける「言語」の壁が、ITによって解決されるとも言われている。そうした中で、小学校から英語を学ぶ意義とは何であろうか。東京インターナショナルスクール理事長であり、国際バカロレア日本大使の坪谷ニュウェル郁子氏に、これからの時代において「日本の子供たちが身に付けたい真のグローバルスキル」について聞いた。


英語に偏重する親たち
――日本では英語教育を語る際に、「グローバル人材」「グローバルスキル」という言葉が独り歩きしがちです。そもそも「グローバルに活躍する」とは、どのようなことなのでしょうか?

私が運営している東京インターナショナルスクール(東京・南麻布)の生徒の多くは、世界各国を転々としながら働いているご両親の子供たちです。数年単位で赴任先が変わるので、生まれた場所や教育を受けた場所が、本人の国籍と全く異なる子供も少なくありません。ご両親の働き方は、まさに「グローバルに活躍している」と言えますが、一方でそのご両親の子供たちは、就職に当たって大きなハンディを抱える可能性もあります。自分の国籍と異なる国で就職するのは、とても困難なことだからです。かといって、国籍があるという理由だけで、義務教育を受けていない母国で就職することもまた、いばらの道となる可能性もあります。

国籍の価値。「就職」と「就業」の違い
――日本には「海外で働く」ことへの憧れを抱く人も多いですが、現実にはなかなか難しいのでしょうか。

多くの日本人は、「英語が話せれば世界各国で活躍できる」と考えているかもしれませんが、「就業先の国」と「就職先の企業の所在国」は違います。子供たちが自国籍と異なる国の企業に就職するのは、その国の国籍を持っている就業希望者に比べ、とても難易度が高い。他国籍の従業員を雇うには、就労ビザを発行しなければならないからです。応募者の能力が同じであれば、自国籍の学生を採用した方が企業側の責任は少なく済みます。

また、大卒者を一斉に採用する日本のシステムは極めて特殊で、他国では一般的に、新卒の学生も社会人経験者も同じ枠をめぐって争います。実務経験のない学生が国籍の無い国での就職を目指すことが、どれだけ高いハードルであるか想像いただけると思います。

しかしながら、こうした事実を日本人の保護者はあまり認識できていません。開校以来、東京インターナショナルスクールにも、「子供たちに英語を身に付けさせたい」との思いから、日本で生まれ育った日本国籍の子を入学させようとするケースが後を絶ちません。保護者の皆さんは、より良い教育機会を求めているのでしょうが、「英語さえ身に付ければ海外の企業で働ける」というのは、安易な考えだと思います。

そうした保護者の方には、「日本の公立小学校へ行かせた方が、よほどいいですよ」と言います。グローバルに活躍したいなら、日本で就職することが一番ハードルが低いからです。もちろん、英語ができた方が国内の就職でも有利になるかもしれませんが、英語が話せることよりも英語で何を話すのか、「考える力」を養うことの方がよほど重要です。

言語親和性と言語習得難易度
――文科省も英語教育のさらなる強化を図ろうとしていますが、次期指導要領についてどのようにお考えですか?

語学の習得に必要とされる時間は、母国語など習得済みの言語との言語親和性によって変わります。例えば、英語とスペイン語は親和性が高いので、お互いの言葉を習得する時間は比較的短くて済みます。一方で、英語と日本語は言語構造が全く異なり、親和性が低いため、相当な時間が必要になります。例えば、英語が母国語である米国務省のエリートが、駐在先のフランス語やスペイン語を日常会話程度まで学ぶのに必要な平均研修時間は約480時間です。一方、日本語や中国語、アラビア語など、英語との親和性が低い言語の場合は、2400~2760時間を要すると言われます。

また、フランス語を母国語とする生徒が英語で授業を受ける「イマージョン方式」を古くから採用しているカナダの調査によると、中級レベルの目標「時折辞書の助けを借りる程度で、新聞や興味のある本を読め、テレビやラジオを理解し、会話の中でまずまずの対応ができる」状態になるまで、最低でも2100時間が必要だとされています。親和性の高い言語同士であっても、「イマージョン方式」の授業についていけるようになるためには、それだけの時間を要するのです。

「日本語と英語は言語親和性が低い」という前提がある中で、次期指導要領の計画通りに小学校から外国語活動を始めたとしても、学校の中で英語に触れる時間は小・中・高を通して1000時間弱。学校の授業だけで、文科省が目標として掲げるCEFRのB2レベルを達成するのは、到底無理でしょう。政府は不足分の千数百時間を、各家庭での努力で補わせようと考えているかもしれませんが、それでは家庭ごとの経済格差が教育格差につながることになってしまいます。

現状の計画で目標を達成するのは難しいと感じますが、その目標を達成できたのかどうかを判断する頃には、AIの翻訳機能が格段に向上しているでしょうから、もしかしたら、英語が話せること自体に価値はなくなっているかもしれませんね。

国際バカロレア日本大使の坪谷ニュウェル郁子氏
日本の公教育は素晴らしい
――英語教育以外の部分も含め、日本の公教育制度をどのように見ていますか?

日本にいると、日本の教育の良い部分に気付きにくいかもしれませんが、私は世界各国の教育を知っているので、日本の公教育の素晴らしさを随所に感じています。

日本では、スーパーやタクシーなどで、「お釣りを間違えられるかもしれない」という心配を誰もしません。当たり前と思われるかもしれませんが、それを支えているのは国全体の教育水準の高さなのです。スーパーのレジの子が、お釣りの計算を時折間違えてしまうような国はたくさんあります。私自身、米国のコンビニのレジで、お釣りを間違えたバイトの女子高校生に引き算を教えてあげたことがあります。

米国は住んでいる地域によって教育予算が異なるので、貧困層が暮らす地域の公立学校では、校舎の割れた窓ガラスの修繕ができなかったり、音楽や美術、体育の先生が雇えなかったりするケースが珍しくありません。一方の日本は、どんな地域でもほぼ同水準の教育が受けられるため、国民全員が新聞を読むことができる。これだけ多くの人口を抱える中で、国民全体の基礎学力が高い水準にあるのは、驚異的なことです。

また、公教育によって日本人には非常に高い社会性が身に付いています。小学校や中学校でよく見かける掃除当番や給食当番は、日本から世界へ輸出されることもある優れた手法の一つです。さらには、どんな経済的バックグラウンドを持っていても、学校という場では常に平等に扱われ、掃除当番も給食当番も平等に行います。欧州では「掃除は移民の仕事」と見る向きもあり、学校で子供が掃除をすることがない国もたくさんあります。

サッカーのW杯の会場でごみを拾う日本人の姿や、災害避難所の配給できちんと並ぶ日本人の姿が、海外メディアで度々取り上げられるのは、日本の公教育が大変素晴らしく、国民全体の社会性が極めて高いからだと感じています。たとえ英語ができなくても、日本の公教育は、世界的に大変高い評価を得ているのです。

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このように海外からも高く評価される日本の学校教育だが、これからの時代において目指していくべき方向はどこにあるのか。次回は、日本の学校教育の課題について掘り下げる。


【プロフィール】

坪谷ニュウェル郁子(つぼや・にゅうぇる・いくこ)氏 1985年「イングリッシュスタジオ(現:東京インターナショナルスクールグループ)」設立を経て、95年「東京インターナショナルスクール」を設立。同校は国際バカロレアの認定校。その経験が評価され、2012年、国際バカロレア機構アジア太平洋地区の委員に就任。現在は国際バカロレア日本大使を務める。15年10月、政府の「教育再生実行会議」の有識者委員に就任。文科省とともに、教育の国際化の切り札となる国際バカロレアの普及に取り組む。著書に、『英語のできる子どもを育てる』(講談社)、『世界で生きるチカラ 国際バカロレアが子どもたちを強くする』(ダイヤモンド社)など。