国際バカロレア日本大使が描く 真のグローバルスキル(中)

AIの進化により、将来的には「言語」の壁が取り払われる可能性も指摘されている昨今、未来を生きる上で必要な「真のグローバルスキル」とはどのようなものなのか。国際バカロレア日本大使として各国の学校教育を見てきた坪谷ニュウェル郁子氏に聞く第2回。今回は、日本の学校教育が抱える課題について掘り下げていく。


クラスの児童生徒数が異常に多い日本
――前回は「日本の教育の素晴らしさ」を聞きました。逆に課題として感じていることは?

公財政教育支出額が極めて少ないため、1クラスに詰め込まれる児童生徒数が多過ぎることです。教育の質を高めるには、個々の児童生徒の学習到達度に応じた授業を行うことが求められますが、現在の児童生徒数では多過ぎます。1クラスあたりの中学校の平均生徒数は、OECD平均が23.5人であるのに対し、日本は32.7人。これは過疎化地域の学校も含めた平均値ですから、人口密度の高い都市部の生徒数はもっと多いと考えられます。

TISはバカロレア認定校。少人数制で、机の配置も対話重視

1クラスに詰め込まれている子供が多ければ、授業が簡単過ぎて「つまらない」と感じている子と、難し過ぎて「分からない」と感じている子を、先生が同じ授業で対応していかなければなりません。ベネッセ教育総合研究所の調査(小中学生の学びに関する実態調査 2014年度)によると、小学校の授業が「簡単過ぎる」もしくは「難し過ぎる」と感じている児童は、全体の3割近くに上ります。つまり、クラスの3分の1近くは、学ぶことが「面白くない」と感じている可能性があるのです。

世界が評価する日本の子供の学力
――日本の教育システムを、世界各国はどのように見ていますか?

私は、国際バカロレア日本大使として国際バカロレア(IB)の普及にも努めていますので、世界各国の教育者に会う機会が数多くあります。IB本部の方々が日本の平均的な学級生徒数を知ると、「信じられない! その人数で、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)であのような好成績を収められるとは! 日本の先生はどんな授業をしているのだ?」と皆さん大変驚かれます。

PISAのランキングの上位に連なる国々をよく見てみると、日本に匹敵するような人口(≒生徒数)の国はありません。例えば米国のPISAの順位は決して高くありません。人口が増えれば貧富の差や地域ごとの教育格差が生じやすいからです。日本は人口が多く、1学級の児童生徒数が30人を超えているにもかかわらず、国民の平均スコアが高いわけで、そのことに世界の教育者が驚愕(きょうがく)するのは当然なんです。

しかしながら、そうした学級運営を支える先生の負荷は大きく、先生という職業がブラック化しています。国民全体の人口が減少していく中で、先生の成り手も減少傾向にあり、学級の少人数化を目指す道のりはさらに険しくなってきています。少人数学級編成を実現するためには、公財政教育投資額を増やしていくしかありませんが、超高齢化社会・シニア民主主義の日本では、すぐには難しいかもしれません。

経済価値は教育目標になるのか
――公財政教育投資額をめぐる各国の状況は、どうなのでしょうか?
経済目標が教育目標となることに異を唱える坪谷氏

今、中国や韓国は、国を挙げて教育に予算を割いています。実は最近、韓国からのIB関連の講演依頼が増えてきています。韓国は国費を投じて、公立の小・中・高校への母国語(つまり韓国語)で授業を進めるIBの導入を積極的に進めているので、これからが楽しみです。

世界的に、教育投資が経済成長につながるのかどうかを、エビデンスベースで考える「教育経済学」がはやっており、各国の教育投資増をけん引しています。しかし、私自身は教育目標を経済価値で考えることには疑問を感じています。経済的な成長が必ずしもその国の人々の幸せに直結するとは限らないからです。教育の目標は「その国の国民や世界の人々が幸せになること」であるべきだと私は考えます。

誰もが自由に将来を選べる社会へ
――世界中で普及しているIBをけん引なさっている坪谷さんですが、ご自身が目指す教育とはどんなものですか?

私が教育者としてのキャリアを歩むに至った背景に、二つの大きな経験があります。一つ目は、重度の障害を持って生まれたいとこの存在。その子が生まれたことで、いとこ家族の生活は一変しました。家族全員が、その子の世話で大変な生活を送ることになったのです。一方、その子の誕生によって、いとこ家族の結束は揺るぎないものとなりました。重度の障害を持って生まれ、何もできないと思われてしまうような子であっても、果たすべき役割を持っているように感じました。

そしてもう一つ、私の教育者としてのキャリアを支え続けている出来事があります。高校時代、私自身はいわゆる進学校に通っていましたが、優秀だった同級生の男子生徒が、高2の冬休みに自殺してしまったんです。周囲の誰からも「一流大学進学は間違いなし」と思われていた彼が、なぜ自殺してしまったのか。

後になって知ったのは、彼の夢はベーシストになることだったということです。しかし、勉強がよくできたから、親や先生から難関大学への進学を期待され、ベーシストになる夢の方は応援してもらえなかったそうです。そのことが、自らの命を絶つことにつながってしまったのかもしれません。

教育目標は「幸せな人生を切り開く力を身につけさせる」

重度の障害を持って生まれても家族の絆を強固にした、いとこの子。ずばぬけた学力を持ち将来を有望視されていたのに、自死を選択してしまった同級生。この二つの出来事によって、「人間にとっての幸せとは何だろう」「人間が幸せに生きるために必要な能力とは何だろう」という問いが私の中に残り続け、教育者としての今日があります。

生まれながらに授かったものが何であれ、人間は誰しもが誰かの役に立つことができる。教育は、経済的な社会貢献のためだけにあるものではありません。子供たちが幸せな人生を切り開いていくために必要な力を身に付け、誰もが自由に将来を描ける社会を築いていくためのものであってほしいと願います。

◇ ◇ ◇

教育の目的は、その国の国民や世界の人々が幸せになることだと指摘する坪谷さん。次回は、これから日本人が目指すべき真のグローバルスキルに迫る。

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