国際バカロレア日本大使が描く 真のグローバルスキル(下)

国際社会で活躍できる「グローバル人材」の育成が叫ばれる中、国際バカロレア日本大使として各国の学校教育を見てきた坪谷ニュウェル郁子氏は、教育目標を経済価値で考えることに警鐘を鳴らす。では真のグローバルスキルとは、どのようなものであるのか。激変する社会の中で、子供たちが身に付けるべき資質の核心に迫った。


「勝ち残る」から「協力する」の時代へ
――これからの時代において、日本の子供たちが身に付けるべき真のグローバルスキルとは、どんなものでしょう。

従来の「世界の競争で勝ち残れる人材」という考え方はすでに古い。今、世界から求められているのは、世界規模で抱えるさまざまな問題に、多様なバックグラウンドの人々と協調しながら挑んでいける人材です。自分の利益、自国の利益だけを考えていても、中長期的には意味を成しません。「誰かに勝つ」のではなく、「誰かと協力しながら答えのない問題に挑める」ことが重要となるでしょう。

具体的な能力の一つとして、「多様性を受け入れられる社会性」が必要となりますが、この点については現在の公教育を通じ、日本の子供たちはある程度は獲得できているかもしれません。前回もお話したように、日本ではどんな経済的バックグラウンドの人間同士であっても、同じスーパーで買い物をし、誰も違和感を覚えないからです。それは、「多様性を受け入れられる」社会であるからだと思います。

「好きなこと」を知る
――「誰かと協力しながら答えのない問題に挑める」ようになるには、他にどのような資質が必要ですか。

東京インターナショナルスクールの運営や、国際バカロレア(IB)の日本大使の活動を通じて思い至ったのは、「自分が好きなことは何か」を知っていることが、とても重要だということです。

TISの校内には、いたる所に子供たちへのメッセージが記されている

誰かに価値観を押し付けられるのではなく、自分自身で自らの進路を切り開くことができなければ、幸せな人生は送れません。そして、自分で自分の進路を切り開くためには、自分は何が得意で、何が好きかを見つけられる能力が必要となります。これは、日本人に欠けていると言われる自己肯定感を高めることにもつながっていく話だと思います。

キャリアデザインの根源は、自身の未来を自らが選択できることです。そのためには、子供たち自身が自分軸で考える力を身に付ける必要があります。学校教育の場でも、一人一人の子供が「好きなこと」を見つけられるよう、早い段階からサポートできた方が良いと感じます。

基礎学力が高く、「多様性を受け入れられる社会性」が身に付く、現在の日本の学校教育において、「子供たち一人一人が好きなことを見つけ、それを通じてより社会をよくしていくこと、そしてそれが結局は自分の幸せにつながること」は、欠けている最後のピースなのかもしれません。

札幌開成の取り組み
――進路指導やキャリア教育は、日本の学校教育の大きな課題と言われています。
協調の時代において、日本人の高い社会性は強みであると語る坪谷氏

先日、IB認定校である市立札幌開成中等教育学校の生徒が、「自分の進路の希望を保護者を呼んで発表する会」を、生徒の希望で実施したとの報告を聞きました。どの生徒も、自分の好きなことややりたいことが明確になっていて、それらをもっと深堀りするために、進路先や学部を選んでいたそうです。「砂漠地での農業開発を研究するために鳥取大学の農学部に行きたい!」「視覚障害者向けのゲーム開発のために台湾の専門学校に行きたい!」などと、保護者に熱く語った生徒もいたとのことです。大学や学部は、偏差値で決めるものではないのです。

好きなこと、得意なことを見つけ、そのことに夢中になれれば、「社会に貢献したい」という志が芽生えます。私の娘の親友は成績が上位の子でしたが、大好きなおばあちゃんのために高齢者専門のメーキャップアーティストになりました。今も生き生きと働いています。

バカロレアは匠(たくみ)の力で進化する
――子供に好きなこと、得意なことを見つけさせるのは重要ですね。

「なぜ学ぶのか」の意味を自分自身で見いだすことができなければ、人は目標と深くコミットして成長することができません。日本でもアクティブ・ラーニングの必要性が盛んに語られているように、知識をインプットすると同時に、考える力を養っていく必要があります。

例えば、東京インターナショナルスクール(TIS)では、物事を多角的に捉えて思考するために、小学生のクラスから次の六つの帽子を使った取り組みを行っています。

▽白い帽子[情報・事実・データ]▽赤い帽子[気持ち・感情・直感]▽黒い帽子[悪いこと・デメリット・リスク]▽黄色い帽子[良いこと・メリット・価値]▽緑の帽子[アイデア・可能性]▽青い帽子[何をどう考えて決断するか]

日本の先生方の「匠の技」によって、日本の教育はさらに進化するという

それぞれの帽子は、どんな角度で思考するかを意味しています。例えば、白い帽子をかぶって「情報やデータなどのファクト」を探ってみる。次に、黒い帽子をかぶって「そのファクトの中からデメリットやリスク」は何かを考える。さらには、黄色い帽子をかぶって「メリットや価値」を探してみる……といった具合に、さまざまな角度から物事を考えるトレーニングをします。最初のうちは実際に帽子をかぶって行いますが、繰り返すうちに「赤」とか「黒」など、帽子の色を言うだけで思考パターンを切り替えられるようになります。こうしたトレーニングを通じて、子供たちは、多面的に考える力を高めていきます。

こうした取り組みは、TISでなければできないわけではありません。実際に、TISを見学された公立の小学校の先生も実施されています。学校教育の場では校種・学年を問わず実施していただきたいですし、大学のサークルでの話し合い、町内会や会社の会議でもぜひ取り入れていただきたい手法です。

日本人が古くから持っている「匠(たくみ)」の技術と精神は、本当に素晴らしい。IBに関して言うと、今後IB教育は日本人の匠の力を持つ教育者の皆さんによって、さらに洗練されていくと確信しています。そして、IB認定校だけでなく、子供たちの考える力を育むために日々試行錯誤されているこの記事の読者の先生方によって、日本の子供たちが真のグローバル・スキルが身に付けていくことを期待しています。


【プロフィール】

坪谷ニュウェル郁子(つぼや・にゅうぇる・いくこ)氏 1985年「イングリッシュスタジオ(現:東京インターナショナルスクールグループ)」設立を経て、95年「東京インターナショナルスクール」を設立。同校は国際バカロレアの認定校。その経験が評価され、2012年、国際バカロレア機構アジア太平洋地区の委員に就任。現在は国際バカロレア日本大使を務める。15年10月、政府の「教育再生実行会議」の有識者委員に就任。文科省とともに、教育の国際化の切り札となる国際バカロレアの普及に取り組む。著書に、『英語のできる子どもを育てる』(講談社)、『世界で生きるチカラ 国際バカロレアが子どもたちを強くする』(ダイヤモンド社)など。

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