稀代の教育長3人が語る2030年の学校(上)

全国的に見ても、先進的で革新的な教育改革を行ってきた東京都杉並区の井出隆安教育長、埼玉県戸田市の戸ヶ﨑勤教育長、長野県飯田市の代田昭久教育長が、「公教育のしがらみを越えた改革」をテーマに語り合った公開鼎談(ていだん)。第1回は、今の教育現場で起きている変化や、その変化にどう対応しようと考えているのか、それぞれの知見を聞いた。全3回。


■現場への要請ばかりが高まっている

司会 今、子供たちの学びや教師、学校にさまざまなアップデートや変化が起きていると言われる。具体的にどんな変化を感じているか。

代田 私は今、学校教育の中で「合成の誤謬」が起きていると捉えている。これは経済用語で、ミクロの視点では正しいことでも、それが集まったマクロの世界では、必ずしも結果としては正しい方向にないということを意味する。

例えば、ICTを活用してプログラミング教育を進める。英語教育でグローバル化に対応していく。特別支援教育や教育のユニバーサルデザイン化を進める。心の教育のために道徳教育を推進する。それぞれミクロの視点で見れば、正しい方向性なのだと思う。

ただ、それら全てを果たして教員だけでできるのかという課題を誰も考えていない。さまざまな教育課題がある中で、学校に対する要求ばかりが高くなって、それが限界を迎えているように私には思える。

そこで、公教育の価値、すなわち「すべての子供たちが学校で学ばなければならないこと」を皆で議論し、社会的なコンセンサスを得ていく必要がある。それがないと、学校現場への要請ばかりが増え続けてしまうだろう。

「合成の誤謬」の中で、教師のやるべき仕事を明確にし、家庭や地域にもその役割を担ってもらうことができるか。学校は今、こうした課題に直面しているように思う。

井出 学校は今、教員の世代交代が進んでいて、おそらく10年もたたないうちに、多くの学校は若い教員ばかりになるだろう。それにより、連綿と継承してきた学校文化、教員文化が少しずつ消えていって、新しい文化が生まれてくるに違いない。今はちょうど、その新旧交代期の後半に入っているのではないか。

一方、少子・高齢化とグローバル化が同時に進むことによって、それと連動する形で、地域社会を維持するさまざまな機能が低下していく。それをどう維持、回復していくかという大きな課題がある。

その課題を解決していくために、私は学校を中心としたコミュニティーの再生を考えていきたいと思っている。これまでの教員中心の文化から、教員だけでなく、地域のさまざまな人々と協働しながら進めていく学校経営を、具現化していく必要がある。

左から井出隆安教育長、代田昭久教育長、戸ヶ﨑勤教育長
■教育が社会をリードする時代に

司会 そうした変化に、どう対応しようと考えているか。

代田 飯田市では、秋になると小学生が田んぼで稲刈りをしたり、中学生がリンゴの収穫をしたり、高校生が中秋の名月の夜に琴の演奏会をしたりしている。実は、こうした学びがとても大切だと思う。

すべての子供たちが学ばなければならないことを考えたとき、自然との共存、共栄ということを、見直していくべきではないか。

それと同時に、教育の原点に置きたいのが文化の継承だ。飯田市は今から300年以上も前から人形劇が盛んな街で、市内28のほとんどすべての小・中学校で、クラブや部活動、総合的な学習の時間の中で、その文化が継承されている。人と人が結びつく文化の継承は、地域の発展のために非常に大事だと思う。

飯田市は人口減少が進んでおり、財政的に恵まれているとは言い難い。しかし、自然や文化の点においては大きなアドバンテージがあり、こうした地域資源を最大限に生かした教育を推し進めたい。

戸ヶ﨑 戸田市は飯田市とは正反対の状況がある。都心へのアクセスの良さもあり、30代の子育て世帯が多く、住民の平均年齢は40.5歳と、23年連続で埼玉県で最も若い街だ。一番の課題は教室不足で、2000人規模の学校の建設も始まっている。

市内に田んぼや畑もない。文化、歴史も市民が共有するこれというものがない。「埼玉都民」がほとんどなので、地域との関わりにも課題がある。こうした市でどのように教育をアップデートしていくべきか、教育長として着任した3年前には非常に悩んだ。

まず考えたのが、未来社会像だ。子供たちが社会に出る頃の状況を、真剣に考えていく必要がある。子供たちの未来は、さまざまな仕事がなくなるとか自動化されるとか言われ、少なくとも現在の延長線上にはない。どんな社会になるか分からないのだからこそ、教育が社会をリードすべき時代になっていくべきだと考えた。

■地域の人材をどう組織化していくか

司会 それが現在の戸田市のさまざまな取り組みにつながっている。

戸ヶ﨑 未来の大人である今の子供たちが身に付けるべき能力は、今の大人が身に付けてきた能力と同じであって良いはずはない。

本市では、人間ならではの感性や創造性を一層伸ばしながら、AIにはできない能力を伸ばしていきたいと考えている。また、AIを活用できるような能力も伸ばしたい。そこで「21世紀型スキル」「汎用(はんよう)的スキル」「非認知スキル」の三つのスキルの獲得を目指している。

これらのスキルの育成に向けた教育は、市内の限られたリソースだけで進めていくのはなかなか難しい。そこで、産官学民(産:企業など、官:中央省庁、学:大学や研究機関、民:地元のリソース)と連携した教育にパラダイムシフトしていく必要があると考え、改革を進めている。

井出 杉並区と戸田市の取り組みは、正反対に見える。戸田市と同じく社会資源を教育の中へ取り込んでいこうという方向は同じだが、方法は全く反対で杉並区は「土着型」と言える。

ありがたいことに、杉並区には人、もの、情報、時間が集中している。いろんな方が住んでいるので、例えば英語の外部指導員やALT、プログラミング指導者を募れば、多くの方が手を挙げてくれる。

問題は、そうした地域人材をどう組織化していくか。その役割を担うのは、学校の教員でもなければ保護者でもない、地域住民や学校支援本部の人など「第三の大人」だ。

さらには、「第三の大人」たちの教育活動を組織化するコーディネーターも必要になってくる。そして、最終的には地域社会に開かれた学校づくり全体を支援していく経済的支援も必要になってくる。

杉並区は大きな企業があるわけではないから、古くからある日常的な社会資源を生かしながら取り組んでいくようにしている。これが杉並方式の学校支援だ。

司会 杉並区では全国的にも早くから学校支援に取り組んでいるが、それによって学校はどう変わったのか。

井出 学校のハイブリッド化が大幅に進んだ。教員と子供だけで構成されていた組織文化の中に「第三の大人」が入ることによって、考え方や行動様式などが大きく変わっていった。学校が新しい時代に適応して生き残っていくための、一つの条件を整えることができたのではないかと思っている。

私は杉並区の教育長として13年目を迎えるが、第1ステージの教育改革は、学校選択制や民間人校長の登用など、古い仕組みを変えることだった。第2ステージの現在は、持続可能な仕組みへとステップアップするために、連携、協働、和のエネルギーを生み出すような取り組みを展開している。

「競争から共創へ」。これはある小学校の教員が考えてくれた言葉だが、これからの時代は人と人との関係性を深め、コミュニティーを活性化させていかなければならない。

■教室を実証の場にしていく

司会 戸田市も外に開いた教育改革を進めている。

戸ヶ﨑 新学習指導要領で、「社会に開かれた教育課程」という概念が示されたので、これを利用しない手はないと考えた。今、社会は激しく変化しているが、そうした動きが学校の中、校門には入っても教室には入っていないのではないか。そうした問題意識の下、産官学民と連携した教育改革を進めている。

本市の学校訪問のメンバーには、指導主事や他校の管理職らに加え、教育委員や企業関係者が入っている。企業の方々も時に指導講評もする。当初は多くの校長が「なぜそんなことを企業人に言われなきゃいけないのか」と抵抗感を示した。

しかし、それを継続して教室を「クラスラボ」、すなわち実証の場にしていくという考え方を広げていったところ、「こんな優れた知見がいただけるのはありがたい」といった反応が出てくるようになった。

例えば、プログラミング教育は、自分たちで悩まなくとも最先端のものがどんどん入ってくる。それを自分たちの学校なりにアレンジすれば、効率的に学びの質が向上し、教員の働き方改革にもなるという実感が伴ってきた。

今は、教員だけで考えず、悩まず、企業の最先端の技術力などを積極的に活用させていただこうという発想で、多くの学校が自走できるようになってきている。さらには「もっとこういうことをやりたい」といったアイデアも、それぞれの学校から独自に出てくるようになってきている。

飯田市で継承されている人形劇

代田 杉並区と戸田市が共通しているのは、この時代においても人口が増加し、経済的に豊かだということ。これを地方の市町村が単純にまねしてもうまくいかない。

それぞれの自治体が、地域の資源を生かし、どう活用していくのかが、教育改革において重要なポイントだと思う。

飯田市は東京から約4時間かかる。企業関係者に通ってもらうことはできない。そこで、飯田市では「地育力」を大切にしようと考えた。地育力とは、時間をかけて育まれてきた自然、歴史、文化、人のつながりなど、地域が人を育てる力のこと。こうした地域の価値を見直し、ふるさとに誇りと愛着をもてる子供たちを育んでいきたい。


【プロフィール】

井出隆安(いで・たかやす)東京都杉並区教育委員会教育長。信州大学教育学部卒。杉並区立久我山小学校校長等を経て、東京都教育庁人事企画担当部長、指導部長を歴任。2006年より現職。

代田昭久(しろた・あきひさ)長野県飯田市教育委員会教育長。リクルート出身。2008年に東京都杉並区立和田中学校校長、2013年佐賀県武雄市教育監、2014年より武雄市立武内小学校校長・教育監を経て、2016年より現職。

戸ヶ﨑勤(とがさき・つとむ)埼玉県戸田市教育委員会教育長。小・中学校長、戸田市および埼玉県教育委員会等の勤務を経て、2015年より現職。教育再生実行会議WG委員、中教審第3期教育振興基本計画部会委員、全国的な学力調査に関する専門家会議委員、経産省 「未来の教室」とEdTech研究会委員など。