過労自殺は『自ら選んだ死』ではない 教頭に起きた悲劇(下)

教育に情熱を注ぎ、精力的に校務に取り組んでいた男性教頭(53)が2018年3月、勤務校の敷地内で自ら命を絶った。教頭の遺族は極度の長時間労働と上司によるパワーハラスメントが原因だとして、教頭が勤務していた大阪緑涼高校(大阪府藤井寺市)を運営する谷岡学園に計約1億2千万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。何が男性教頭を職場での自死へ追い詰めたのか。


「ひどい嫌がらせ、いじめ」

同校では18年4月、「男女共学化」「調理製菓科新設」という二つの変革を実施することとなっていた。学園は18年2月、新体制に向けて校長・副校長を他校へ異動させ、新校長・教頭補佐を新たに就任させると内示。新体制への準備は教頭が1人で担わざるを得なくなり、3月の残業時間は215時間41分にまで上った。

さらに同校特有の状況として、18年度からの就任を予定している新校長が内示直後から実質的に指示に当たること、そして、事務局長が学校運営について実力を有していることなどがあった。

校長・副校長の異動が決まっている中、唯一残る教頭は、新体制に向けた実務の中心として、あまりにも膨大な業務を課せられた。加えて、新校長が「高圧的かつ必要以上に細かな指示・要求」を教頭に対して頻繁に行っていたことが、教頭の自死を受けて学園が実施した「特別監査」で明らかになった。

教頭遺族の代理人を務める松丸正弁護士

遺族側代理人を務める松丸正弁護士は、厚労省が定める「心理的負荷による精神障害の認定基準」の「業務指導の範囲を逸脱しており、人格や人間性を否定するような言動が含まれ、これが執拗(しつよう)に行われた」に該当するとしている。訴状では「新校長のひどい嫌がらせ、いじめと評価される限度を超えた指導」と表現した。

また、教頭は事務局長からも度重なる指示命令を受けていた。3月に入ってからはほぼ毎日、多い日には1日のうちに何度も呼び出しを受け、教頭は会議中に号泣するほど感情が不安定になっていた。3月下旬にはうつ病あるいは適応障害などの精神障害を発病していたと考えられる。しかし、「診察を受ける時間などなかった」と松丸弁護士は語る。

自死へ追い込まれた2日間

同監査はさらに、亡くなる前々日と前日、3月27~28日の2日間で、教頭が一層過酷な状況に追い込まれたとみている。その背景として、▽新校長の意思と一般教員の意見との間の板挟み▽3月29日予定の新執行部打ち合わせに向けた、新校長からの多岐にわたる指示▽学科新設に関連した、期限の決まった業務▽教諭間の引き継ぎへの長時間にわたる立ち会い――などを挙げた。

さらには、処理すべき業務が山積みになっている中、3月28日の「歓送懇親会」に参加するよう強く「要請」された。時間的余裕が全くない中、学校から片道30分を要する大阪市天王寺での懇親会に出なければならなかったことが、強い心的ストレスを掛けた。

教頭は懇親会に出席した後、学校に戻った。翌29日午前4時53分、最後の仕事に当たるであろう「調理製菓科の専任常勤の先生方への案内状」を件名としたメールの送信を最後に、教頭は学校の駐輪場で首をつって命を絶った。

「どの学校にも起こりうる」

教頭を自死へ追い込んだ背景として、松丸弁護士は学園の体制自体の問題を指摘する。「実務を担う教頭に対し、それまでの経緯や事情を知らない新校長が高圧的で細かい指示をしたことは、間違いなく教頭を追い詰めた」とした上で、「新校長個人の特性によるものだけではなく、新校長に対する学園側のプレッシャーが相当かかっていた」という見解を示す。

「新体制への移行、新三役での運営、学園のプレッシャー。それらが全て教頭にかかっていた。それにも関わらず、学園は教頭をフォローする体制を作らず、教頭の生命や健康に対する配慮義務も怠っていた」と強調。その根拠の一つとして、教頭の死後に学園が実施した特別監査に触れる。

「残業が1カ月に215時間以上という、尋常ではない勤務をさせておきながら、監査の報告では『近年にはない水準の長時間の勤務実態』と述べているのみ」と語り、具体的な時間は記載していない点も、学園の管理体制のなさ、危機管理意識の欠如の現れと指摘する。

「過労死弁護団全国連絡会議」代表幹事を務める松丸弁護士は加えて、教員や教委職員の過労自殺・過労死を数多く扱ってきた経験から、「教頭の自死は、特殊性もあるが、公立・私立を問わずどの学校でも起こりうる」と学校固有の課題も指摘する。

「教員は聖職者」「子供のためになる仕事」という意識が、教育現場における長時間労働の温床となり、安全配慮義務の欠如をもたらすとしている。

給特法が誤って運用されている現状にも触れ、膨大な仕事量に追われ教員が長時間労働を強いられているにも関わらず「自主的・自発的な残業」とされていることが、教頭・副校長をはじめ多くの教員を追い詰めているとした上で、「長時間労働を当然とする理屈が世間的には通らないという認識が、勤務を管理する側にない。教員数を増やさなければ事態は変わらない」と警鐘を鳴らす。

悲劇を繰り返さないために

特別監査の報告は「元来、先生は真面目な性格であられました」とした上で、「極めて感情の起伏の激しい状況に陥り、この状態のままで、新たな体制による新年度を迎えることへの心配・不安から、校内にて自ら命を絶つことによって、これを回避されたとも捉えることができます」と述べ、「先生が考えられていた『理想の学校』に向かって、一歩一歩確実に進み、大阪緑涼高等学校をすばらしい学校にしていくことが、我々残された者の責任であると認識いたしております」と結んでいる。

理想の学校像を描き、熱意をもって校務に取り組んでいた真面目な教頭が、妻や子らを残し学校の敷地内で命を絶ったという事実は、「過労自殺を『自ら選んだ死』と捉えてはならない」と改めて世に突き付ける。教頭の自死を特殊なケースとせず、「誰にでも、どの学校でも起こりうること」と認識した上で、これまでの意識をゼロベースで見直し、学校現場が抱える根本的な課題を一人一人が正面から問うことが、今後の悲劇を食い止めるために必要なのではないか。

(小松亜由子)