稀代の教育長3人が語る2030年の学校(中)

改革を進める上で、公教育のさまざまな制約や壁をどう乗り越えてきたのか――。閉塞(へいそく)感漂う教育界において、時代の先を勢いよく突き進む東京都杉並区の井出隆安教育長、埼玉県戸田市の戸ヶ﨑勤教育長、長野県飯田市の代田昭久教育長が語り合った公開鼎談(ていだん)。第2回は、変化を生み出すための具体的な方策について聞いた。


「経験と勘と気合」から「客観的な根拠」へ

司会 変化を生み出す際に、公教育ではさまざまな制約や乗り越えなければいけない壁がある。

戸ヶ﨑 これは戸田市だけでなく、教育現場全体に見受けられることと思うが、これまでの教育はエビデンスがないまま個人的な経験や思い、勘、また、時には気合で進めてしまっていたように思う。

もちろん、その全てを否定するわけではない。しかし、今後は「3K」=経験と勘と気合から、「客観的な根拠」=エビデンスを明確にして施策を進めていく方向へ転換しなければいけないと思っている。

例えば、ICTを積極的に活用すれば、また、教材研究をしっかり行えば、それぞれ本当に学力は向上するのか。向上するに違いないと多くの教育委員会や学校では信じられているが、その明確な根拠はいまだにない。

学力向上に効果のある指導方法等が根拠に基づき明らかになったり、優れた教員の「匠(たくみ)の技」が何らかの方法で可視化されたりすれば、授業の質を効率的に向上させることができるはずだ。

司会 戸田市では具体的にどう変えていこうとしているのか。

戸ヶ﨑 まず校長の意識改革。「校長が代われば学校が変わる」と人事に頼ることなく、「校長(の意識)が変われば、学校が変わる」としていかなければいけない。

次に、カリキュラム・マネジメント。教科の本質を押さえた授業とともに、カリキュラムを作るときには学年や教科の枠を越え、学びの方向性を全教師で考え、授業デザインをしなければいけない。カリマネは管理職だけがするのではなく、教員一人一人がデザイナーにならなくてはいけないと考えている。

そして、今の子供たちが活躍するSociety5.0が実現する社会とはどんな社会なのか、目の前の子供たちにどんな力を身に付けておくべきか、今何をすべきかを全教師が本音で話し合うことが重要だ。この問いに正解はないが、議論を重ね、問題意識を共有しながら教育改革に挑んでもらうようにしている。

この他にも教育行政のプロ採用を始めたり、全教師の26%が自主的に属する「戸田市立教育センター研究員制度」を核として授業力アップに努めたりと、多面的に教育改革を進めている。

制約・壁を乗り越える方法
左から代田昭久教育長、戸ヶ﨑勤教育長、井出隆安教育長

井出 さまざまな制約・壁を乗り越えていくために、法制度の改正という形を取らずとも、日常の努力の中で乗り越えていく方法もある。

その一つが、学校を教員と子供だけの文化の中から解放して「第三の大人」、すなわち地域の人々と協働することによって、やりたいことを実践していくという方法だ。

「杉並区チーム学校」の図は、杉並区の小・中学校にいる大人たち。学校を取り巻く大人たちは、こんなにいる。こうして多様な人々によって学校組織を構成すれば、今までできなかったことを乗り越えていくための“はしご”になる。「教育の限界」を「学びの限界」にしてはならない。「校長の限界」が「学校の限界」であってはならない。

戸ヶ﨑教育長のように、確かなエビデンスに基づいて制約・壁を乗り越えていく方法もある。一方で、本区のように多様な人材を組み合わせることで、今までできなかったことに「はしご」をかけて乗り越えていくこともできると考えている。

司会 飯田市ではどのような取り組みが始まっているのか。

代田 私が教育長に就任した2016年度から、飯田型のコミュニティスクールがスタートした。コミュニティスクールでよく課題となるのが、学校と地域とを結ぶコーディネート役をだれが担うかということ。本市は日本でも有数の公民館活動が盛んな地域。そこで、学校運営協議会のメンバーに公民館の館長もしくは主事が入ることを規約に位置付けた。

そして、学校、地域、保護者が膝を交え、どんな子供に育てていきたいのか、「めざす子供像」についての話し合いを行っている。

また、コミュニティスクールでは、学校の運営方針を地域や保護者の代表が承認することが求められているが、飯田市では「相互の承認」という形を取り入れている。つまり、「めざす子供像」の実現のために、学校、地域、家庭がそれぞれ目標を立て、相互に承認し、相互に評価していこうという関係性だ。

今後は、このような仕組みを、義務教育の9カ年だけではなく、幼児期、さらには高校を卒業するまでの間でつくり、シームレスにつなげていきたい。

司会 企業との連携を進めていく過程で、さまざまな壁があったかと思うが、戸田市はどう乗り越えてきたのか。

戸ヶ﨑 本市は現在、約70の企業やNPOなどと連携している。しかし、その一方で、あいさつ後に二度と来ない企業やNPOも、それ以上ある。それが現実であり、簡単ではない。

企業との連携で最大のネックとなるのは予算が絡むこと。しかし、本市の産官学民と連携した教育活動の大きな特徴の一つは、予算がほとんど発生していないことだ。連携で大切なのは、教育委員会や学校が自律的な教育意思を持ち、連携先と対等となること。企業などはCSRやCSVによる貢献、こちらは教室というフィールドを実証の場として提供し、成果を還元してもらうことで、WIN×WINの関係を実現している。新たなコンテンツなどを学校でカスタマイズ、改善することで、より価値を高められる。現場が企業などからプロダクトを得て進化できるのは、そのような意思があればこそだ。

もう一つの特徴は、普通は1市につき1企業という形で連携するが、本市では学校によって組んでいる企業が違うことだ。学校間、企業間で互いが刺激し合い、切磋琢磨(せっさたくま)する仕組みも整えている。

また、校長会と教頭会の中に専門家会議をつくり、成功事例だけでなく、失敗事例も共有するようにしている。成功と失敗両方の事例を共有することで、新たな刺激を受けたり、苦労を共感したりできる。

教員だけが担う部活は使命を終える

司会 杉並区では早くから部活動改革も行ってきている。

東京都杉並区チーム学校

井出 中学校の部活動指導、これは「学校にあるから教員が教える」という典型的な学校文化の一つだ。これに一石を投じたのが、当時、杉並区立和田中学校の校長だった代田教育長の「ワンコイン部活」。土日の部活は1回500円を保護者から徴収する代わりに、指導技術に長(た)けたプロの指導者を雇う取り組みだ。

導入当初は賛否両論さまざまな反応があり、公教育においてお金を取るのはどうか、教育は無償じゃないかとの意見もあった。

学校においてお金を取る場面は、ノートを買ったり、家庭科実習の材料費を集金したりと、実は他にもある。こうした費用負担にはクレームがつかないが、部活にお金がかかることに対しては、非難が集中した。

しかし、部活は本来、正規の教育活動の「外」でやっていることであり、なおかつ参加するか否かも自由。そうした活動において、参加者に一定の実費を負担してもらうことに正当性はある。

ただ、何でもかんでもお金を取ってもいいということではなく、そこは丁寧に保護者や学校外の方々の理解をいただく必要があった。

そうした苦労も多かったが、この「ワンコイン部活」は、教員が丸抱えする部活動を改め、外部の指導者に委託していくきっかけになった。

代田 私は企業で働いていた時代、アメリカンフットボールの実業団チームに所属し、日本一も経験した。スポーツに対する知識や経験はある程度持っているつもりだ。だから、民間人校長として学校現場に入ったとき、いまだにうさぎ跳びのようなことをしている部活動にがくぜんとした。まずは子供たちの安全を確保しなければいけないと考えた。

和田中学校の「ワンコイン部活」では、保護者に理解してもらうために、プロのコーチの指導を保護者にも見てもらい、その指導方法や考え方を学んでもらった。私自身は部活動肯定派だし、教育活動としての部活動は残ると思っている。ただ、競技性を伴った部活動の指導を教員に求めるのは、すでに限界を迎えている。それならば外部指導者の方がよいだろうという発想で取り組んだ。

それから10年がたち、こうした取り組みが杉並区やスポーツ庁などでも大きなうねりとなって広がっている。投じた一石が多面的に広がっているのは大変うれしいが、今後の最適な解決策は、やはり学校現場から出てくるのだろうと思っている。

今、教育長の立場になって意識しているのは、学校現場からこうした声が上がってくるような環境をつくること。法制度の改正がなくても、できることはたくさんあるということを実感していってほしい。

井出 杉並区では現在、4千~5千万円ほどの予算をかけて外部の指導員に委託したり、外部の指導組織と契約して指導者を派遣してもらったりしている。

さまざまな形で地域の人材や、外部の人材を投入することで、「教員が教えなくてはいけない部活動」から、「生徒たちがやりたいことができる部活動」へと変わってきている。

しかし、部活動指導をやりたい教員もいる。これも大事なことであり、部活動の持っている教育的な意義は大きいものがあるから、単純に「部活動はプロが教えればいい」という形にシフトすればよいわけではない。

教員だけが担う部活動が使命を終えようとしていることは確かだが、部活動の持っている教育的な意義と役割は残しつつ、第三者に委託していくような道を、われわれ行政サイドも考えなくてはいけない。

変わるべきものを用意しながら、新しいところに移っていく。お金と時間をかけ、知恵も使えば、当たり前だと思っていたものも変えていくことはできると思う。

(企画・構成 松井聡美)


【プロフィール】

井出隆安(いで・たかやす)東京都杉並区教育委員会教育長。信州大学教育学部卒。杉並区立久我山小学校校長等を経て、東京都教育庁人事企画担当部長、指導部長を歴任。2006年より現職。

代田昭久(しろた・あきひさ)長野県飯田市教育委員会教育長。リクルート出身。2008年に東京都杉並区立和田中学校校長、2013年佐賀県武雄市教育監、2014年より武雄市立武内小学校校長・教育監を経て、2016年より現職。

戸ヶ﨑勤(とがさき・つとむ)埼玉県戸田市教育委員会教育長。小・中学校長、戸田市および埼玉県教育委員会等の勤務を経て、2015年より現職。教育再生実行会議WG委員、中教審第3期教育振興基本計画部会委員、全国的な学力調査に関する専門家会議委員、経産省 「未来の教室」とEdTech研究会委員など。