学校は教育かビジネスか 映画「僕のいない学校」監督に聞く

「学校は教育かビジネスか」――。専門学校の現役教員である日原進太郎監督が、自身初の長編映画「僕のいない学校」で挑んだテーマだ。2018年「第31回東京国際映画祭」で日本映画スプラッシュ部門に選出された。

主人公は日原監督と同様、専門学校の映画学科に勤める教員。教育者として、また映画の作り手として、利益重視の学校運営に頭を悩ませている。思いがけず映画学科の学科長となり、さらに高まるビジネスの波に翻弄(ほんろう)される。

この映画から強く感じるのは、日原監督の覚悟だ。学校に対する告発映画とみることもできる。在学中の教え子らが出演するなど、学校の現状をリアルにあぶり出した日原監督に、映画で伝えたいメッセージや今後の展望を聞いた。


■テーマに挑んだ覚悟
――この映画を撮ることに不安はありませんでしたか。

当初から、周りや自分に何かが起きてしまうのではないかという恐怖はありました。ですが、映画作りにあるのは表現の自由です。学校を辞職するという形になっても撮らなければならないと覚悟を決めて挑みました。

――映画を撮るに至った経緯は。

僕は大阪府箕面市にあるパン屋の息子でした。1浪後、早稲田大学文学部に入り、劇団で芝居をしていました。その後、海外での旅を経て、「残るもの、遠くに届くものを作りたい」という気持ちが芽生えました。

それで、今勤めている映画学科に入学しました。2004年のことです。卒業後、恩師でもある学科長から「助手をしながら作品を作らないか」と声を掛けられ、後に教員になりました。以来12年間、学生たちに指導してきました。

――東京での生活のほとんどを、今の学校で過ごしているのですね。

ええ、生活の全てが映画学科と共にありました。僕は今の学校で学び、育てられ、映画を作った。

ですから今の学校が好きで、愛している。親に対するのと同じ感覚です。

――転換点はありましたか。

働き始めた時は、作品にあるような「教育かビジネスか」などという疑問を持つことのない、ただ学生を教育して送り出す学校でした。徐々に、少子化や社会の流れなどで姿勢が変わり、ビジネスにかたよっていった。

それに対する疑問が、マグマのようにたまっていきました。自分はなぜここにいるのか、映画学校は何のために存在するのか、さまざまな葛藤です。

――その葛藤はどのぐらいの間続きましたか。

3年間くらいだったと思います。その間に予算が減り人件費もカットされ、同僚も辞めていきました。

そんなある日、映画学科の機材室の前に1人で座っていて「この景色がいつかなくなってしまう」という恐怖が浮かびました。そうしたら「この風景を残さないと」という強い思いが生まれ、どうしても撮らないといけない映画になりました。無残になくなってしまう前に、生きてきた痕跡を何としても残さなければと思ったのです。

■世に問いたかったもの
教員としての信念を語る日原進太郎監督
――学校を愛すればこそ、映画にしたいと思ったのですね。

そうです。学校が変わらないといけないと思いました。

今は、どの学校も入学者の数を増やすことにばかり気をとられている。オープンキャンパスでも十分に説明しないまま、学生を入れてしまうことも少なくありません。

ですが、僕はこの学校に入ることのメリット、デメリットを伝えた上で「本当にここに入って映画が作りたいのか、よく考えて結論を出して」と言います。

――そうでなければ入学してから本人がつらくなりますよね。

ええ、入学したものの学校に来ない学生には日々頭を悩ませています。

僕は、教育者としての信念を貫けば入学者は増えると思っています。学生らの2年間を台無しにさせてはいけない。映画に真剣に向き合わせて、送り出すのが僕らの使命です。

――テーマはどのようにして決まったのでしょう。

実際に学校にいる学生らと一緒に映画を作りたいという気持ちから、企画が始まりました。元々は僕ら職員と学生の物語をベースに考えてきたんです。

ただ、今抱えている葛藤、学生に対してどういう教育をしていけばいいのか、学校って何なのだろうかというところを語るには、さまざまな学校が抱える「ビジネス」という考え方を表現しなければいけないと思いました。

――不安を抱えながら、ですね。

共同脚本のスタッフは学校を辞めている状態で、僕がどういう風になっていくのかわからなかったのですが、僕は世に問いたかった。「学生を育て、立派にして世に送り出すのが学校だ」という信念、自分がやってきたことは間違っていなかったという、声にならない叫びです。

企業としては間違っていても、教育者としては間違っていないという思い。それを映画の中で表現としてどう見るか、観客にゆだねたかった。

■伝えたいメッセージ
――これまでの短編作品とはやはり違いますか。

共同脚本の鋤崎智哉君と企画・開発をしていたときに、僕の映画は淡々としすぎていて2時間もお客さんが見ていられないという話になった。長編には強いメッセージやドラマチックな展開が必要になる。

――学校での体験や事実がベースですよね。

ええ、自分たちの場所の描きたい話を中心に描いていきました。

作中に出てくる、学生のとんでもない失敗や激しいぶつかり合い、その後の関係の深まりも全て実際に起きたことです。学生のセリフにはひどいものもありますが、本当に投げつけられた言葉です。

――このあと学校はどうなっていくのでしょうか。

ラストシーンなのですが、作っているときに二つの解釈をお客さんに委ねています。

学校がどうなっていくか。この作品が完成し、東京国際映画祭で上映されて、僕たちは誇らしく思っていますが、学校として、それを誇らしく考えてくれるのか。それとも学校を批判しているものであるという考えになるのか。

今は学校がどうなっていくかというところは現実とリンクしているので、僕自身でも想像しがたいところです。ですが、映画学科である以上、表現としての作品を認めるかどうか、そこで学校としての真価が問われると思っています。

――最後に、メッセージを。

僕は教育に、いい意味で少しでも力を加えられたらと願っています。これからも教育者として、また作り手として、映画を通して意思を伝えていきたい。見てくださった方々がどのように受け止めたかを踏まえ、次の作品に挑んでいきたいと考えています。

(聞き手 小松亜由子)