稀代の教育長3人が語る2030年の学校(下)

東京都杉並区の井出隆安教育長、埼玉県戸田市の戸ヶ﨑勤教育長、長野県飯田市の代田昭久教育長が、「公教育のしがらみを越えた改革」をテーマに行った鼎談(ていだん)の最終回。稀代の教育長3人が見据える2030年の学校は、どのような姿・形をしているのか。そして、未来を見据えて取り組んでいくべきこととは何か――。


PBL型の授業が必要になってくる

司会 未来の学校づくりに向けて、次に何を見据え、どんな取り組みを展開していくのか。

戸ヶ﨑 未来社会を考えたとき、脱正解主義を目指し、無から有をつくり出す“PBL型の授業”が公立小・中学校でも必要ではないかと考えている。

戸田市ではPBL型授業を実施する米国の学校(High Tech High校)に校長や指導主事を派遣したり、先日は私自身も香港のIB校に行き、PBL型授業を見てきたりした。実際目の当たりにすると、こうした授業こそが、これからの時代の授業形態として必要だとつくづく感じる。

Society5.0における学びで共通して求められる力の一つに、文章や情報を正確に読み解きし対話する力(基礎的読解力)がある。その育成のためにも、本市では国立情報学研究所などの指導を受けながら、「すべての子供たちが中学校卒業時に教科書が読める(理解できる)」ことを目標に、リーディング・スキルの育成にも取り組んでいる。

併せて、EdTechをフル活用した「個別最適化された学び」にも取り組む必要性を感じている。将来を展望して、本市では「SEEPプログラム」(STEAM、EdTech、EBPM、PBLの頭文字)を推進する構想を持っている。SEEPとは浸透するという意味がある。

代田 未来の学校に向けては、やはりAIとテクノロジー、グローバル化がキーワードになってくる。

飯田市でも今年、人型ロボット「Pepper(ペッパー)」をプログラミングする取り組みが行われた。子供たちがのめり込む様子を見て、「命のない人形に人間以上の表現をさせる人形劇の文化が300年以上続いている飯田の子供たちだからこそ、テクノロジーを使って無機質な物にも命を吹き込むことができるのかもしれない」「ロボットプログラミングの最先端の地になれるかも」との期待を持った。

(左から)井出隆安教育長、代田昭久教育長、戸ヶ﨑勤教育長

人形劇を学ぶことは、実はプログラミングとつながっているし、さらには世界ともつながっている。飯田市の世界人形劇フェスティバルには、世界各国から多くの劇団が訪れる。グローバル化というのは、経済以上に、文化、芸術の方から先に結び付いていくのだろう。

つまり、日本が育んできた地域固有の文化を大切にすることが、グローバル化やICT化への近道なのではないか。

「Think Global, Act Local. Think Local, Act Global」。本市では「LG(local global)飯田教育」と銘打って、地球規模で考え地域で実践し、地域を思い地球規模で活躍できる人材を育むために、グローバルとローカルを統合した教育活動を積極的に展開している。

「形のある学校」と「形のない学校」の共存

司会 「2030年に生き残る学校」をテーマに取り組む井出教育長は、未来についてどう考えているか。

井出 目に見える準備としては、やはり学校のICT環境を整え、子供たちがそうしたツールに慣れ親しんでいく環境を整える必要がある。

そして、その先の未来では、「形のある学校」と「形のない学校」が共存するようになるだろう。

今後はさまざまなサイト上で勉強ができるようになり、コンテンツの中身も充実してくるので、学校に行かなくても勉強できる部分がかなり増える。特に知識の暗記などの机上の勉強は、学校に限らずどこでもできるようになる。

一方で、学校に来て仲間と一緒にやることに意義のある学びもある。そうした場面では学校に行く必要があるが、ハード的な意味での学校はどんどん縮小していっていい。互いに補完し、共存する「形のない学校」が近い将来増えていく中で、「形のある学校」の役割は何かということを真剣に考えていかなければならない。

司会 「形のある学校」の具体的な役割とは。

井出 一つは、教育の人間化。人が人を育てること、人が人によって育てられることは何ら変わらないわけで、こうした人間的な役割は、今以上に教員に求められていくだろう。

文科省「Society5.0に向けた学校ver.3.0」にもコミュニティ・ソリューション、つまり人や地域のつながりが課題解決につながっていくと記されている。

「いいまちはいい学校を育てる」「学校づくりはまちづくり」ということを、私は言い続けている。コミュニティーというのは、人と人との関わり合いの中で、物事を自分たち自身で解決していく力を持つ。人や地域のつながりを通して、もう一度地域を再生していく核の一つになるのが学校だと思う。

また、未来を想定した時、もう一つ危惧されるのは、教員の養成が追い付くか。未来の学校像については盛んに議論されているが、そうした学校に求められる教師像は十分に明確化されていない。だから当然、教員養成のシステムも基本的に変わっていない。

近未来を想定した学校のあり方は、教師のあり方とも表裏の関係だ。今、若い教員をどう育てていくかと同時に、どんな形で教員養成をしていくかも議論していく必要がある。

それぞれの学校に独創性があっていい

司会 今後も残していきたい教育、生かしていきたい教育とは。

代田 私は、欧米の教育と比べてみても、今の日本の教育をひっくり返す必要はないと思っている。日本の教育の素晴らしい部分は何かを捉え、継承していくべきだ。

地方に根付いている素晴らしい教育の一つは、「体験する」「感動する」「感性を磨く」といったこと。目からうろこが落ちるような体験型の教育は、地域と連携しながら意識的に維持していくべきべきだと思う。

司会 一方、「ICT教育」や「主体的・対話的で深い学び」の推進など、さまざまな改革や要求によって、行政と現場間で意識や行動の乖離(かいり)が起きかねない状態もある。

戸ヶ﨑 教育委員会が考えていることと、教員の意識との乖離(かいり)は、常にあると思う。

教員、特に管理職が「教委から言われたからやる」という意識を持っているうちは、改革は絶対に進まないし、良い教育もできない。それぞれの学校や教員が自律的意思で、「こんな教育がやりたい」と積極的に提案してきてほしい。

目の前の子供たちは、まさにSociety5.0や第4次産業革命の主役だ。まずは、どの学校でも、Society5.0とは何ぞやとか、どういう社会になるのか、EdTechの進化など、「未来社会を考える型授業」を行うべきだ。

そのためには教員への研修も必要だ。「目の前の教育で手いっぱいだ」との言葉がなくなり、各学校から「スマート農業」ならぬ「スマート教育」を提案するくらいの夢がほしい。

戸田市とセサミワークショップは、小学校向けカリキュラムを共同研究している

本市は多くの産官学民との連携をしているが、連携先は学校によって異なる。それは「教委は材料は用意するが、調理するのは学校」という認識でやっているからだ。同じ材料でも、違った料理ができていいと思っている。

学校として考えたことが、教委の目指していることと微妙に違っていたとしても、その違いが互いの理解を深めたり、新たな価値を生んだりすることがある。現在の学習指導要領下でも、学校裁量で独創性を発揮すれば、かなり大胆な学校改革などができることを管理職に理解してもらう必要がある。

これから必要なのは変化に対応できる力

司会 現場の先生方にメッセージを。

井出 これまでの価値と、これから生まれてくる価値。これまでの文化と、これから創られていく文化。今、ちょうど入れ替わる時期にあるのだと思う。

世の中が加速度的に変化し、新しいものが次々と生まれてきている。今、教員の世代交代が大幅に進んでいる中で、これからの教員に期待したい。

古いものを否定するのではなく、新しいものを取り込み、古いものと融合させながら新しい文化や価値を生み出していく。そういった取り組みをぜひ、していただきたい。

勇気を持って新しいものに取り組む一方で、これまで培ってきた学校文化の良さをどう生かしていくか。そのはざまで苦労することも多いと思う。しかし、そうした試行錯誤を通じて新しいものが生まれてくることに期待を持てるわけなので、頑張っていただきたい。

代田 教師はすてきな仕事だと思う。企業に勤めていて、感極まって号泣するなんて経験はほとんどできない。しかし学校では、卒業式を含めて、1年に何度も涙し感動する。そんな職業が他にあるだろうか?

一方で、学校現場では10年後、20年後の未来を切実な問題として捉えられていないのは事実だろう。企業では、常に未来を予測し、逆算して事業計画を立てていく。これからの未来に、子供たちにはどんな力が必要なのか。そんなことを自由に語り合える職場をつくっていただきたい。

約20年、民間企業で生きてきた人間として、子供たちに付けさせたい力の一つは、変化に対応できる力だ。これからの時代は、予測不能な未来に対して、慎重になって止まっているよりも、どんどん挑戦して失敗を経験し、修正していくことの方に価値がある。

学校においても、成功ばかりを体験させるのではなく、失敗したことに価値を見いだせるような学校文化を根付かせていきたい。それが変化に対応できる力であり、新しい時代を切り開く大きな力になる。

教員の仕事は、未来の社会、人づくりそのものであり、誇りを持って取り組んでほしい。

戸ヶ﨑 「継往開来」という言葉のように、今日の日本の発展を築いた「日本の教育の良さ」を壊してしまうのではなく、良さを捉え直して、しっかり継承し、さらに進化させていくべきだと思う。

一方で、時代の変化と共にコンバートすべきこともあるように思う。戸田市では、その第1フェーズとして10のコンバートを考え、小さな実践を重ねている。

教師指導型から子供主導型へ。学校を勉強する所から学ぶ所へ。教室の前後主義から脱前後主義へ。教える・教わるから互いに学ぶ関係へ。正解主義から脱正解主義へ。ジグソーパズル型の学習からレゴ型の学習へ。オペレーターの育成からイノベーターの育成へ。国や都道府県から市区町村へ(市町村が主役になる教育へ)。「学歴」は、学校歴社会から学習歴社会へ。そして最後は井出教育長もおっしゃっていたが、大きな学校から小さな学校へ。

こうしたコンバートが定着するためには、管理職の意識改革とリーダーシップに加え、一人一人の教師の実践力が必要だ。教育委員会と学校そして、産官学民の力を結集した「チーム戸田」で取り組んでいきたいと思っている。

(企画・構成 松井聡美)


【プロフィール】

井出隆安(いで・たかやす)東京都杉並区教育委員会教育長。信州大学教育学部卒。杉並区立久我山小学校校長等を経て、東京都教育庁人事企画担当部長、指導部長を歴任。2006年より現職。

代田昭久(しろた・あきひさ)長野県飯田市教育委員会教育長。リクルート出身。2008年に東京都杉並区立和田中学校校長、2013年佐賀県武雄市教育監、2014年より武雄市立武内小学校校長・教育監を経て、2016年より現職。

戸ヶ﨑勤(とがさき・つとむ)埼玉県戸田市教育委員会教育長。小・中学校長、戸田市および埼玉県教育委員会等の勤務を経て、2015年より現職。教育再生実行会議WG委員、中教審第3期教育振興基本計画部会委員、全国的な学力調査に関する専門家会議委員、経産省 「未来の教室」とEdTech研究会委員など。