個々の教員の気付きを促す 組織開発による働き方改革

人口約370万人と政令市の中で最も大きな横浜市は、市立学校だけでも500校を超える。教員の長時間労働の改善にいち早く取り組んできたものの、各学校が足並みをそろえるのは難しい。そんな中、市教委は人材開発・組織開発を専門とする中原淳・立教大学教授の研究室から協力を得て、サーベイフィードバックという手法を用いた学校の働き方改革に乗り出した。3カ年の共同研究はいよいよ今年、最終段階である研修プログラムの開発に着手する。働き方を見直す必要性を個々の教職員に気付かせ、組織変革を促そうとする横浜市の取り組みに着目した。


■「働き方改革通信」で好事例を広める

横浜市は昨年3月、市立学校の教職員の働き方改革プランを策定した。

2013年度に市教委が実施した教職員の業務実態調査によると、小学校で53.3%、中学校で67.2%の教職員が休憩時間を全く取れておらず、全体の35.9%の教職員が月4日以上の休日出勤をしているなど、深刻な長時間労働の実態が浮き彫りとなった。

教職員の大量退職・大量採用の影響で、当時の横浜市では経験年数十年以下の若い教員が約5割を占め、10年後にはこの層が学校の中核を担うようになるのと同時に、子育て世代が増えること、介護に携わる教職員が増加することなどが予想されていた。そうした課題に対応するためにも、学校を働きやすい環境にすることは喫緊の課題となっていた。

同プランは、18~22年度までの5カ年を実施期間とし、時間外勤務月80時間超の教職員の割合を0%にすること、午後7時までに退勤する教職員の割合を70%以上にすることなどを目標に掲げている。また、実現に向けた具体的施策として、校務支援システムや勤務時間外の留守番電話の導入、部活動指導員やスクールサポートスタッフなどの外部人材の配置促進などを示している。

市教委が月に1回発行している「働き方改革通信・Smile」

しかし地域性や規模、抱えている課題も異なる500校以上が一斉に取り組むことには、難しさがつきまとう。働き方改革に対しては学校や教職員による温度差もあり、トップダウンを強行すれば反発を招いたり形骸化してしまったりする懸念が大きい。

そうした状況を踏まえ、横浜市ではさまざまな方法を駆使して、学校現場に働き方改革を促している。その一つが、市教委が月1回発行している「働き方改革通信・Smile」だ。月ごとの時間外勤務の実績、半年ごとの年休取得状況、留守番電話の設置状況などをグラフで可視化しているほか、市立学校の部活動改革や業務効率化などの取り組みを積極的に取り上げ、教職員の意識啓発に一役買っている。

市教委の立田順一・教職員育成課長は「教員自身が納得して取り組まないと抜本的な改善にはつながらない。同じゴールに向かって、おのおのの学校が組織風土を大事にしながら、そこでできるやり方を考えてもらう方がいい」と話す。

分析によって明らかになった長時間労働を生みやすい職場
■トップダウンかボトムアップか

教員の働き方への意識を変え、それぞれの学校が適したやり方を考える。そのための手法こそがサーベイフィードバック(組織調査の結果を現場に返すことで組織変革を果たす手法)だ。

中原教授らは2017年に横浜市の市立学校から30校を抽出し、管理職を含む教職員の勤務データを分析した。データは直近3日間の勤務時間や働き方に対する意識など、膨大な範囲に及ぶ。その一部は共同研究のホームページに公開されている。このデータを基に働き方改革の阻害要因の分析を進め、全ての市立学校でサーベイフィードバックによる働き方改革を実施するため、現在は研修プログラムの開発を進めている。

分析を担当した立教大学大学院の辻和洋氏によると、例えば職場に定時退勤することができない雰囲気がある学校の平均労働時間は、そうした雰囲気がない学校に比べて11分長いことが分かった。また、他の教職員の業務を把握していなかったり、教材や業務ノウハウが共有できていなかったりする学校は、それぞれ8~20分も平均労働時間が長くなることも分かった。

サーベイフィードバックでは、こうしたデータを基に当事者同士が話し合い、意味付けや具体的な改善方法を模索していく。辻氏は「エビデンスをどう使うかが重要で、数字は対話するきっかけにすぎない。教員の思いに寄り沿い、当事者に納得してもらわなければ組織は変わらない」と指摘する。

職場の状況の見える化が重要だと話す中原教授

では、サーベイフィードバックによって対話の場(ワークショップ)を作る際のポイントとは何なのか。研修プログラムの開発を担当する町支(ちょうし)大祐・立教大学助教は「例えば、教職員全体で対話のワークショップをする前に、主幹教諭や主任クラスの教員、若手教員など、校内のキーパーソンによるプロジェクトチームを作る。そこで校長が全体の方針を伝えた上で、どう対話を進めるかを考えてもらう。さらに、その教員たちには後のワークショップでもファシリテーター役を担ってもらう。こうして校長から教員に広げていくまでのプロセスを丁寧に進めることが、組織全体で働き方改革への意識を共有する鍵になる」と説明する。

中原教授は「働き方改革にはトップダウンとボトムアップの両方の視点が必要。横浜市のように、『持続可能な学校組織』を目指すことや『サーベイフィードバックの活用』など、改革の基本的な方向性はトップが示すべきだが、具体的な手段や方法はそれぞれの学校が適したやり方を考えて取り組めばいい」と強調する。

共同研究で生み出された研修プログラムは、全ての市立学校で展開される予定だ。立田課長は「教員の確保が課題になっている中、教員を目指す学生にとって魅力ある職場にしたい。学校を20年後、50年後まで持続可能にするため、次世代のためにも有効なツールの開発に力を注ぎたい」と語る。

学校における働き方改革に特効薬は存在しない。教育行政がさまざまな方針や施策を打ち出す一方で、それが学校現場に受け入れられなければ、改革は頓挫してしまう。しかし、教員が自分事としての意識を持てれば、一定の試行錯誤は伴ったとしても組織変革のサイクルは回り出す。自治体や学校レベルでさまざまな取り組みが活発化する今、行政にはおのおのの自律性を生かした改革が求められている。

(藤井孝良)