アクティブラーニングの新章(下) 第一人者の次なる挑戦

アクティブラーニング(AL)研究の第一人者である、溝上慎一・桐蔭学園理事長代理/トランジションセンター所長・教授。京都大学から桐蔭学園に移り、後期中等教育の実践者として高校生らと向き合うことになった、溝上教授の新たな挑戦にスポットを当てる。


「とらゼミ」で勉強の仕方を学ぶ
――京都大学から移った桐蔭学園では、どんなことに取り組んでいるのでしょうか。

活動の一つとして、桐蔭学園高校スタンダードコースの1年生を集めて「トランジションセミナー」、通称「とらゼミ」という講座を開いています。「スタンダードコース」の生徒は、学力的には真ん中くらいの生徒たちです。中には「滑り止め」で受験して、第一志望に合格できず通うことになった生徒もいます。

「探究をもっとしたい人は集まれ」「人生を変えたい人は集まれ」と呼び掛けたところ、約300人いるスタンダードコースの1年生のうち、20人近くが希望しました。活動は週に3回、放課後にしています。

具体的な活動は、例えば生徒一人一人に横浜市の各区を割り振り、それぞれについて調べさせています。横浜市には18の区があり、「まずは全ての区の名称と位置を覚えなさい」と課題を出しました。さまざまな活動を通じて、物事を覚える力や考える力、協働する力などを育てています。

それだけではなく、勉強もみてあげています。新学習指導要領も含め、資質・能力の育成で重要なのは、やはり習得・活用・探究です。習得では、授業での教科書の内容理解やテスト対策なども面倒をみています。

高校生を相手に自らゼミをスタートさせた溝上教授

ただ、最初こそ20人近くいましたが、1カ月後には半分が辞めてしまい、今では4人しか残っていません。当初は「頑張ろう」「人生を変えたい」「勉強ができるようになりたい」と思って来るのですが、毎回のゼミでは、当然ながら課題や作業、宿題があります。横浜市の区について調べる作業も宿題です。ゼミは作業してきたこと、調べたことを発表する場ですから、家庭で作業ができなかったら、ゼミに来ても意味がありません。

生徒たちを見てすぐに分かったことですが、授業は理解していて、放課後にゼミに参加する意欲もある。能力は真ん中ぐらいだけど、意欲は高い。一方で「滑り止め」で来ている生徒が多いことから、自己肯定感が低いというか、少し挫折経験を持っている生徒もいる。加えて、コミュニケーションが苦手だったり、目標がなかったり、おのおのがいろいろな課題を抱えています。

生徒たちの多くは授業を理解できているものの、勉強の仕方に問題があり、覚えたり、頭に入れたりしていくのがとにかく苦手です。そのため、数学や物理などの計算以外のところでは「問題をとにかく解いて用語などは覚えようとするな」と何度も指導しています。自分でカードに書き出して覚える「情報カード」を進めています。数学では「テスト前に新しい問題は解くな」と言っています。高校では知識量も多いし、問題のバリエーションも多い。「授業で出た問題が本当に解けるかだけ、何回も確認しなさい」と言っています。

勉強が得意な生徒にとっては何でもないことが、そうした生徒たちにとっては大きなネックになっている。要は、理解はできているのに、定着が図られていないのです。その定着のさせ方をゼミで徹底的に指導しています。

中間層改革に挑む
――学んだことの定着が課題なのですね。

新学習指導要領でALが注目されたとき「ALをやれば成績が伸びる」と言う人がいました。私は大学でずっとALの研究に取り組んできましたが、ALをやったぐらいで成績は伸びません。むしろ社会で活躍する力を付けていくためにALが必要だと考えてきました。

ALをあらゆる校種・教科の授業で実施している桐蔭学園

学力が伸びている学校は、細かな部分も含めて「いろいろ押さえている」のです。そのうちの一つが、習得に必要な理解と定着の学習プロセスです。

「とらゼミ」に来た生徒がそうだったように、授業は真面目に聞いていてもテストで結果が出せない生徒は少なくありません。家庭学習も十分にしないし、テスト前の勉強の仕方も無秩序。これこそが中間層あるいはそれ以下の課題です。中間層が将来活躍するために、教育が何を目指せばよいのか。その答えを世の中は持っていないのではないでしょうか。だからこそ、桐蔭学園でそれを見せようと思っています。

いわゆる普通科の進路多様校や大学進学と就職が半々の学校、地域の3、4番手ぐらいの普通科高校というのは、教育改革を懸命にやっても、一部の生徒が「国立大学に入るようになった」くらいしかアピールすることができません。そういった状況は全国的にみられます。

これから子供がどんどん減っていく中で、上位層を育てることも大事ですが、中間層の生徒が人生において上位層に負けないようにしていくことも同じくらい大事だと考えています。

教材研究がより必要になる
――ALがあらゆる学校で当たり前に実施されるようになったときに、教師に求められる資質・能力とは何でしょうか。

「問い」です。といっても、問いや課題を与えるだけではなく、子供から出てきたものをどうやってアセスメントしていくかも重要です。生徒のアウトプットに対して「もっとないか」「このテーマについて君たちが思うことは他にあるだろう」と、教師が迫力を持って子供と向き合っていかなければなりません。

教師の教材研究力が問われると強調する溝上教授

その意味で、教師には教材研究の力がより必要になるでしょう。単元の学習に対して、背後にどのような問題があるのかを教師が知っていなければ、こうしたやり取りはできないからです。子供たちから出てきたことに、ただ「OK」を出しているだけではいけません。次のステップを返してこそ、子供は本気を出してくれるのです。

私も大学の授業は本気で取り組んできました。その高校版を桐蔭学園で行っています。学校全体の教材研究に求められるレベルは相当上がっています。生徒たちから出てくるさまざまな成果に応えないといけないのですから、教師にはこれまで以上に教材研究や資質向上が求められるようになります。そのハードルは相当高いです。

(藤井孝良)