子供を虐待から守るには(下) 学校・教委にできること

千葉県野田市に住む小学4年生の女児が自宅で亡くなり、傷害容疑で父親が逮捕された事件を巡っては、学校や市教委、児童相談所(児相)が抱える構造的な課題を問題視する専門家も多い。子供への虐待が深刻化する中で、学校や市教委はどのような対応を取るべきか。各方面の有識者の声を基に考える。全2回。


アンケートを渡した経緯

野田市の事件では、学校が実施したいじめアンケートに女児が「お父さんにぼう力を受けています」と記入した回答の写しを市教委の担当課長が父親に渡したことが問題視されている。

アンケートを渡すまでの経緯について、その場に同席していた担当者は「昨年1月12日、女児の両親と学校、市教委指導課で今後の対応を話し合っていた際、父親からアンケートを渡すよう強く要求された。市教委は『本人の同意がない』と拒否したが、その3日後、両親が『アンケートを渡してください』と子供の字で書かれた手紙のようなものを持参し、強く迫った」と語る。

課長らは「本人が書いたかどうか、こちらでは分からない。渡すことはできない」と再度拒否したが、「訴訟を起こす」などと言って怒りをあらわにしたため恐怖感を覚え、課長が渡す判断をしたという。

父親は原本を渡すことにこだわったが、アンケートには女児の回答だけでなく、担任の教諭が女児から聞き取ったメモ書きも記載されていた。その内容は、「頭なぐられる こぶし(10回)」「昨日のたたかれたあたま、せなか、首をけられて今もいたい」「口をふさいで、ゆかにおしつける」など、父親が女児に加えていたと思われる暴力内容の記述もあれば、「お母さんがいない時 せなかをける」「おきなわでは、お母さんがやられていた」「お母さんはみかたしてくれるが、父はほごしゃだと言って母の言うことを聞かない」など、両親の関係性をうかがわせる記述もあった。

課長らは「原本は渡せない」として、アンケートを一度コピーした上で原本の書き込みを消し、再びコピーをしてその写しを渡した――。

市教委はどうすべきだったか
女児が通っていた千葉県野田市立小学校(同市HPより)

市教委担当者に、「コピーを渡してから女児が亡くなるまでに約1年がたっており、直接的な因果関係は分からないという声もあるようだが」と水を向けると、「転学した学校でもいじめアンケートは2回行われたが、女児はいずれも『ない』と回答していた」と返答。無念さをにじませながら「アンケートで助けを求めても、何も変わらないと思わせてしまった。救える機会は何度もあったのに、それができなかった」と語る。

今回の事件を受け、スクールロイヤーの配置が急務だとする意見や、児童虐待を専門に扱う省庁の設置を唱える意見などが上がっている。とはいえ、こうした策は今すぐ実現するようなものではない。今回の事件において、学校や市教委は現実的にどのような対応ができたのであろうか。

学校問題に詳しい髙橋知典弁護士は「恐怖感を覚えたのであれば、担当者は父親とのやり取りを録音した上で警察に相談し、要求には応じられないと繰り返し回答し続けることができた」と指摘。「虐待が疑われる保護者の求めに応じて、子供の訴えを記した用紙を渡すなど、一顧だにすべきではないことだった」と語る。

求められる警察との連携

国連・子どもの権利委員会は2月7日、日本国内において子供への暴力が高い頻度で報告されていることに懸念を表明し、法改正を含む対策強化を政府に勧告した。安倍晋三首相は翌8日、児童虐待に関する関係閣僚会議で「子供の命を守ることを最優先に、あらゆる手段を尽くし、やれることは全てやるという強い決意で臨む」と表明した。

また、アンケートの写しが渡されたことを重くみて、「通告元は一切明かさない、資料は一切見せない」との新ルールを作り、保護者が威圧的に要求してきた場合には、学校や教委が児相や警察と連携して対処することもルール化するとし、自治体への警察の全面的なバックアップが重要だと語った。

同会議では、「児童虐待罪」を新たに設け、厳罰を与えるべきとする意見が出され、刑法や児童福祉法、児童虐待防止法などを大幅に改正する案や、学校や保育所などの権限を強化して虐待現場への介入を認める案なども検討された。

こうした政府の動きに対し、警視庁から教委に出向した職歴を持つ同庁職員は「学校が保護者対応で警察と連携することに対しては、心理的な障壁がある」と話す。その理由として、「教員には保護者の言葉を疑わない傾向がある。自身や同僚の多くが、子供が好きで職に就いたためか、『保護者も子供が好きに違いない』『まさかこの保護者が虐待なんて』などと性善説に陥りやすい」と述べる。

加えて、「子供自身が親をかばうためにうそをつくケースがある」とし、「教員は子供に寄り添い、子供の願いを最大限かなえようと心を砕いている。今回のように子供自身が訴え出なければ、教員が積極的に子供の保護者を警察に通報するというのは難しいのではないか」と分析する。

その傾向は、教員経験を経て教委に入った職員にも共通しているという。アンケートを渡した担当課長には、学校で教諭や校長を務めた経歴があった。また、女児の父親について、対応した教委担当者は「スーツを着て、やり手の会社員という雰囲気だった」と述べ、暴力を振るうような印象は受けなかったという。

高橋弁護士もまた、「教員は保護者と二人三脚で教育に当たっている。そうした人を攻撃したり、むやみに疑いをかけたりするのは難しい」とし、学校の現状をよく知る弁護士に相談しながら、慎重に対応をしていくべきだと強調する。制度上それが難しい場合も、まずは録音するなどして記録を残し、その場で判断せずに諸機関に相談してからでも遅くはないと語る。

教委の在り方を問い直す

スクールロイヤーの設置も十分とはいえず、法整備もこれからという現状において、鍵を握るのは教委の存在だ。公立学校の校長を歴任し、現在は都教委指導部の特任教授を務める岩崎充益氏は今回の事件について、「女児がアンケートに父親からの暴力について書いたのは、何より学校を信頼していたから。そのコピーを市教委は父親に渡した。生命への畏敬と他人に対する洞察心が欠けていると言わざるを得ない」と厳しく指摘する。

記者はかつて、教委で指導主事を務めていたことがある。着任時、最初に聞かされたのは「教委は学校を守るところ」という教えだった。「学校は子供を守り、教委は学校を守る」が基本であり、「全ては子供たちのために」が合言葉だとたたき込まれた。

今回の事件では市教委が学校を守れず、1人の子供の命を守り抜くことができなかった。中でも大きく問題視されている、アンケートのコピーを父親に渡した行為について、当事者である課長は「恐怖感を覚え、精神的にも追い詰められて、影響を深く考えられなかった」と語っている。

この「恐怖感」という言葉が意味するところは、何だったのか。本人への取材を試みたが病休を取っており話は聞けなかった。推測になるが、教委という行政機関の管理職ならではの「恐怖感」だったのではないか。すなわち、「訴訟を起こされた場合の恐怖感」や「自身の裁量で事態を収められず、他機関を巻き込み、責任を追及された場合の恐怖感」だ。

公立学校校長や教委管理職を歴任し、現在は二松学舎大学で後任の指導に当たる石井杉生氏は、「行政機関には、どうしても『事なかれ主義』になりがちな傾向がある」と指摘。「自治体のトップがよほど強く意識改革を迫らない限り、この傾向はなくならない。そうした部分にこそ、他から付け込まれる余地がある」と言う。

石井氏は、自身が勤務していた自治体もかつてはその傾向が強かったが、新首長が就任したことで幹部職員の意識が大きく転換したという。「市民に対しては丁寧に対応しながらも、言い掛かりには毅然(きぜん)と対処することが職員としてのあるべき姿」と考えるようになり、さらには、「『自身の使命を果たしたことで起こされた訴訟であれば、それは一種の勲章だ』という空気に変わった」と当時を振り返るが、野田市にはそうした空気が組織内になかった可能性が否めない。

「上に立つ人間が『責任は絶対に自分が取るから、安心して仕事をするように』という姿勢で部下に接することにより、部下は自分の仕事に自信と責任をもってやり抜こうという気になり、外部からの『威圧感や恐怖心』に打ち負かされないようになる。外部からの圧力が強い職場には、そのような組織的な支えが必要だ」と、石井氏は語る。

現代社会は問題が複雑化・多様化しており、これまで想定できなかった事態が次々と起きている。そうした時代の中で時に子供の命が脅かされることもあるが、その後に対策が講じられるようでは多くの尊い命が犠牲になりかねない。

学校にとって最大の使命は子供を守ること、教委にとっては学校を守ることだ。問題が複雑に絡み合っている時にこそ、その基本に立ち返って判断することが重要であろう。また、「子供や学校を守るために、これだけは譲れない」と現場や部下が決めたとき、上司や所属長、首長が守り抜けるよう行政機関を取り巻く空気を点検し、見直していく必要もあるのではないだろうか。

(小松亜由子)