「ネットいじめ」「教委の対応」巡る二つの裁判(2)母子の訴え

いじめの被害生徒とその母親は、学校と市教委の対応が不適切だったとして、市を相手に損害賠償を求め提訴した。併せて、ネット上の掲示板に実名をさらされ、プライバシーを侵害されたとして、投稿者を特定するための情報開示をインターネット接続会社(プロバイダー)3社に求める訴訟を起こした。

学校や市教委の対応とは一体どのようなものだったのか。取材を通じて浮き彫りになった事件の実像に迫る。


傷ついた母子の訴え

「教育委員会と学校は、もう本当にうそをつくのをやめてほしいです。裁判では絶対うそをつかないで本当のことを言ってください」――。いじめの被害を受けたAくんが、市を相手に起こした訴訟で、裁判長に宛てて書いた手紙の書き出しだ。

Aくんの母親は「息子は何度も傷つけられました。最初は同じサッカー部員からのいじめで、その次は顧問の先生からの体罰で、さらには学校や市教委がうそをつき続けたことで」と話す。

母親が一例として示したのは、文科省が市教委に指導した際の記録。市教委の報告を受けた文科省が「報道されている内容と矛盾している」と話すなど、国として「異例」の指導をしている様子が伺える。

同省初中局の坪田知広児童生徒課長(当時)は2018年6月に参議院議員会館で開かれた集会で、「川口市教委に対して何度も指導したが、『やります』と言ってはやらない。そんな対応を繰り返した」と発言した。

裁判長に提出された被害生徒の手紙

こうした状況に対し、Aくんは裁判長宛ての手紙の中で「僕は先生や校長や(教委の)指導課の人に相談とか話したりしていたのに、『何も言っていなかった』とか、不登校になっていたのに『欠席しないで友人関係が良好だった』とか、いろいろなうそをつかれて、本当に信じていた教育委員会や先生や校長教頭にうそをつかれたことがくやしかった」とし、「いじめよりもつらかったです」とつづっている。

体罰を受ける

Aくんは川口市立中学校に15年4月に入学。小学校6年生までは格闘技の道場に通い、全国大会で優勝するほどの実績もあったが、「中学校ではサッカーがしたい」と、サッカー部に入部した。

しかし、入部して間もなくLINEのグループから外されるなど、心理的な嫌がらせを受けるようになった。その際、Aくん自身は学校に対して何も訴えなかったが、他の生徒などから事態を察した担任が注意したことで、Aくんは「言いつけた」と誤解を受け、すれ違いざまに顔を殴られるなどの暴力を受けるようになった。

16年9月には、他の部員が笑って見ている中で、後ろから襟首をつかまれて引きずられたり、首を絞められたりするなど、いじめはエスカレートした。

Aくんは不登校に陥り、不眠から自傷行為に及ぶなど、精神的に不安定な状態になった。受診先の病院からは「いじめが原因だ」とする証明書が出された。

顧問による体罰の証拠となったノート

Aくんの頼みの綱は、信頼するサッカー部の顧問であった。Aくん母子の相談を受け、他の部員に指導するなどして対応してくれていた。やがて顧問は「何回注意しても効果がない。友達はいなくてもいいのではないか。つらいことは先生に伝えてほしい」と話し、「生活学習ノート」でのやりとりを通じてAくんをサポートするようになった。

そんな顧問に母親も信頼感を抱いていたが、2カ月後の11月、Aくんが顧問から体罰を受けていたことを知ることになる。「『生活学習ノート』の記述欄に余白が目立つ」などの理由で、5月頃からげんこつで頭を殴られたり、職員室で耳を引っ張られたりしたことがあったというのだ。

母親は市教委に体罰を報告したが、顧問は当初、「体罰はしていない」と話していたという。しかし、ノートにAくんが「げんこつたくさんありがとうございました。たんこぶもたくさんです」と記した際、「バカ者 げんこつされないように気をつけるのが普通だろう」などと返していたページが証拠になり、体罰を認めた。顧問は17年3月に文書訓告処分となり、同年4月からは市内の別の中学校に異動している。

市教委や学校の対応

自傷行為が始まってから約5カ月後の17年2月、文科省から母親に「市教委に調査委員会を設置するよう指導した」との連絡があった。同省によれば「再三の指導」で、市教委はようやくAくんに対するいじめを「重大事態」と認定し、第三者委員会を設置したという。

4月には、校長が母親を学校に呼び、市教委や教頭の立ち会いの下で「これまで登校できなかった分を補習するなど、全校でAくんを支援する体制をとる」「教員がAくんを常に見守る」と約束。そのことを明記した2017年3月28日付の文書も示した。「ようやく安心して登校できる」と、Aくん母子は安堵(あんど)した。

しかし、登校初日の4月10日、見守り役の教員は誰もおらず、Aくんはまたサッカー部員から嫌がらせを受けた。2日目も状況は変わらず、Aくんは早退。その後は、懸命に登校していたものの、5月には靴に「死ね」と落書きをされるなど、事態は一向に良くならなかった。

ネット上ではこの間、Aくん母子に関する掲示板が開設され、実名での誹謗(ひぼう)中傷が深刻化していった。学校は文科省などの指導を受け、17年10月に全校保護者会を開催。しかし、この保護者会について母親は「校長が伝えたのは、事実と異なる説明や報告ばかり。私をモンスターペアレントのように仕立てて、ネットいじめについての注意喚起も、事前に何度もお願いして『する』と約束していたのに、全くしませんでした」と語る。こうした校長の説明によって、事実と異なる認識が広がったことが、「ネット上での誹謗中傷が激しくなった一番の原因だと思います」と母親は話す。

母子の願い

Aくんは裁判長宛ての手紙の中で「川口市教育委員会は記者会見で、僕を長い間傷つけて、苦しめたって言っているのに」「裁判でもうそをついたら、僕は絶対に許さない」と記している。

Aくんは現在、過呼吸や不安、不眠に苦しみ、精神安定剤を飲み続けなければならない状態にある。医師はその原因を、大人への不信によるPTSDだとしている。

いじめ被害を受けた生徒の母・Bさん

「息子は今も、大人を信用できないでいます。でも、外出先では常に笑顔でいる。理由は、不安そうな表情をしていると『何かあったの?』と聞かれてしまうからです。何があったかを話したところで、大人は何もしてくれないか、うそをつくと思っている」と母親は話す。

Aくんが大人不信になった原因の一つに、卒業式を巡る一連の出来事がある。卒業を控えて市教委、校長、学年主任がAくん宅を訪れた際、母親が「文書の約束が果たされていない」と訴えると、学年主任は文書を「見たことがない」と話したという。「教員が常に見守る」などのサポート内容について、校長からは何も伝達されていなかったことが、卒業間際に明かされたのだ。

それでもAくんは「せめて卒業式は出たい」と考え、母親もその意思を尊重して学校にも伝えていた。母子共に一つの区切りにしたいと考えており、学校もそれを了承してくれていたという。しかし式の前日、同じ中学校の別の保護者から「式では全卒業生が親に手紙を渡すことになっているが、準備はできているか」と心配する電話が入った。母子は学校から何も聞かされておらず、ショックを受けたA くんは式に出席できなかった。

「私が全国の先生方に知ってほしいのは、先生がつくうそが、子供をどれほど傷つけるかということ。子供や親にとって、学校や先生は子供を守ってくれる存在。そうした人からこれほどまでに裏切られたら、心が壊れてしまうのも当然ではないでしょうか。人間のやることですから、間違えたり、遅れたりすることはあるかもしれない。でも、市教委や学校の対応は度を超えています」と、母親の怒りは収まらない。


次回は、Aくんがネットいじめの匿名性に立ち向かうべく起こした裁判の判決と、市を訴えた裁判の経過を伝える。

(小松亜由子)