2030年の公立学校像 松田孝校長の証明(上)

2030年の公立学校は、どのような授業をしているのだろうか――。その姿を体現しようとしている学校がある。全学年でのプログラミング教育など、ICT教育の先進校で知られる東京都小金井市立前原小学校だ。同校の実践をけん引する松田孝校長に、ICT教育の真(しん)の狙いと、日本の公教育の展望を聞いた(全3回)。


■ICTで子供自身が学び出す
――前原小の子供たちは、ICTの活用を通じてどのような力が付いているのでしょうか。

今の子供たちが調べ物をするときは、インターネットが普通ですよね。YouTubeにアクセスすれば、数えきれないほどの動画がすぐに見られます。そうした現実があるならば、学校の中でも自由にそれらを活用させた方が、社会に出た後も、情報にアクセスする術を自在にコントロールできるようになる。「危ないから使わせない」という考え方こそ最悪です。

本校では「schoolTakt」という学習支援システムを活用して、児童がお互いの意見を共有してコミュニケーションを取る活動をしています。子供たちの様子を見ると、コメントを書いたり、チャット機能でやり取りしたりと、実に楽しそうです。少しでも炎上しそうになったら、その都度、情報モラルを指導しているので、大きなトラブルは起きていません。

東京都小金井市立前原小学校の松田孝校長

以前からタイピングの指導も重視しています。2013~14年にかけて文科省が実施した「情報活用能力調査」では、小5に72文字の文章をタイピングさせたところ、1分当たり平均で5.9文字しか入力できなかったとの結果が出ました。本校では、6年生は平均で18字は打つことができます。中には5分間で300文字以上打てる児童もいます。

この子供たちが中学校に上がると、残念ながらコンピューターを使った授業がほとんどなくなってしまいます。しかし、家では絶対に使うようになる。その力を生かして、自分自身で学びを切り開いていってほしいのです。

■教科教育はもはや限界
――子供たちが自ら学ぶ力を養うためのICT教育なのですね。

子供たちがインターネットを駆使して自ら学ぶようになれば、「学校はもう必要なくなるのではないか」という考えが出てきます。勉強する場としての学校はいりません。学校は個性的な学びを磨くための個別と協働の場です。学校は子供たちが社会に出たときに必要な力を身に付けさせる最先端の場所。今の教育システムは昭和や平成の時代までは有効でしたが、今のままであれば20年後の社会では通用しなくなっているでしょう。

中教審で2030年の社会について議論し、新学習指導要領が作られました。「総則」は確かな時代認識の基に、2030年に求められる新しい「学び」の必要性を訴えています。

そこまではいいのですが、次のその具現化として、どうしても「教科」という既存の枠組みが出てくる。単に知識を理解するだけでなく、さまざまな場面でダイナミックに活用できる力や汎用(はんよう)性のあるコンピテンシーを身に付けることは間違ってはいない。しかし、教科で扱うべき内容があると、「悲しい性」ですが、教師はそれを教えてしまいます。

既存教科のフレームを見直さない限り、こうした「これから求められる力」を身に付けさせるのは、現場で実際の授業を見ている限り、無理でしょう。

――全てを「総合的な学習の時間」のようなPBLでやるべきだということでしょうか。

それもあります。アメリカのニューヨークに「Quest to Learn」というゲーミフィケーションをベースにした教科横断型カリキュラムを作っている学校があるのですが、その学校が設定するカテゴリーがとても面白い。例えば「ものごとの働き」「存在・空間・場」「心のスポーツ」というような課題をカテゴリーにして、子供たちの主体的な学びを展開しているのです。

プログラミングを楽しむ前原小の児童

それが日本では、昔の原理を基に教科学習が構成されています。例えば社会科では最初に市町村を学び、次に都道府県、国、世界と広げていきます。こうした学習原理を「同心円拡大」と言いますが、一方で今の小学生は「Googleストリートビュー」で世界中を見て回っていますよね。そうなると、「同心円拡大」という学習原理が通用しなくなるのではないでしょうか。

新学習指導要領では、小5の算数でプログラミングが例示されていますが、私は非常に疑問です。小学校でよく使われているビジュアルプログラミング言語の「Scratch」は、X座標とY座標のプラス、マイナスの概念理解が前提となっています。しかし、折れ線グラフで座標を学ぶのは小4、マイナスの概念は中1まで学びません。

つまり、順番がめちゃくちゃ。教科という既存のフレームに無理やり当てはめようとするからそうなってしまうのです。文科省が教科の狙いを確実に達成するためにプログラミングを導入すると言っていること自体、矛盾と感じるのは私だけでしょうか。

■協働的な学びにはICTが不可欠
――ICT教育の可能性を感じたのは、いつ頃なのですか。

若い頃の私は、教師として問題解決学習に一生懸命に取り組んでいました。でも、今になって振り返ると、うまくいってなかった。当時の私は子供が書いたノートを全部自分で写し、それを印刷して配ることで、子供たちに意見を共有させようとしていました。1990年代前半は、それしか方法がなかったからです。

それが、今ではICTで簡単に意見共有できます。東京都狛江市の教育委員会から、多摩市立東愛宕小学校(現愛和小学校)の校長として現場に戻ったとき、ICTの共有機能を活用すれば、「これで授業は変わる」と直感しました。

「若い頃は協働の学びの実現にもがいていた」と語る松田校長

東愛宕小は、着任した年の後半からICT環境が整い始めました。ところが、どの教員もICTを使って授業をしないのです。特に、私よりもはるかにスマートフォンに詳しく、日々使いこなしているはずの若い教員がそうでした。

私はその理由が分からず、ずっと悩んできました。あるとき、大学の教職課程で学ぶ教科教育法には、ICTは必要ないからだと気が付きました。アナログの時代に確立された教科指導法においては、テクノロジーがなくても授業は成立するし、中途半端に入ってきても、かえって使いづらいのです。

学校にICT機器を導入したからといって、みんな使うと思ったら大間違いです。1人1台の学習環境を実現しても、せいぜい算数のドリル学習で活用するくらいで、授業はこれまでと全然変わりません。その根底には、学習指導要領が示す内容をしっかり子供たちに教え、理解させなければいけないという教員の意識があります。真面目な教員ほど、この強迫観念に縛られているのです。

(藤井孝良)


【プロフィール】

松田孝(まつだ・たかし) 東京学芸大学卒、上越教育大学大学院修士課程修了、東京都公立小学校教諭、東京都狛江市教育委員会主任指導主事(指導室長)を経て、多摩市立東愛宕小学校(現愛和小学校)に赴任、2016年4月から現職。18年4月より、早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程にも在籍。情報端末の導入によるICT教育やプログラミング教育を先駆けて実践し、全国的な注目を集める。著書に「小学校の『プログラミング授業』実況中継」(共著、技術評論社)「プログラミングを学ぶ前に読むアルゴリズムえほん」(監修、フレーベル館)など。