「ネットいじめ」「教委の対応」巡る二つの裁判 (3)判決の行方

いじめの被害生徒と母親は、学校と市教委の対応が不適切だったとして、市に損害賠償を求め提訴した。併せて、ネット上の掲示板に実名をさらされ、プライバシーを侵害されたとして、投稿者を特定するための情報開示をインターネット接続会社(プロバイダー)3社に求める訴訟を起こした。第3回は、これら二つの裁判に焦点を当て、これまでの経過を見ていく。


「ネットいじめ撲滅への第一歩」

埼玉県川口市立中学校の元生徒Aくんは、2018年6月、ネット上の掲示板に実名をさらされ、プライバシーを侵害されたとして、投稿者を特定するための情報開示をインターネット接続会社(プロバイダー)3社に求める訴訟を起こした。

掲示板は開設から約1年2カ月が経過しているが、今(2019年2月28日現在 )も削除されておらず、Aくんに関する書き込みは約2800件にも達している。Aくんは特に悪質と判断した4件について、情報の開示を求めた。

さいたま地裁

裁判でAくんは「アプリは投稿者が分かるが、ネットの掲示板は分からない。実名を書く投稿も出て『炎上』状態になった」と訴えた。対するプロバイダー側は「元生徒の氏名はネットの掲示板ですでに公開されていたから、プライバシーとして保護されない」と主張した。

東京地裁は同年12月10日、「マスコミはいじめの被害者名を報道しておらず、元生徒がいじめを受けたことは周知の事実とは言えない」としてプロバイダーの主張を退け、「投稿によりプライバシーが侵害されたことは明らか」と、投稿者についての情報開示を命じた。

代理人の荒生祐樹弁護士は「ネットいじめを裁判で争う人はなかなかいない。元生徒の頑張りが認められた。ネットいじめ撲滅への第一歩になる」と語る。

判決を受け、開示を求めた4件全てについて、プロバイダー側から18年末までに、契約者の住所、氏名、メールアドレスが開示された。契約者が投稿者とは限らないため、Aくんは契約者の戸籍謄本、住民票の開示を受けて投稿者を調査している。投稿者が判明し次第、プライバシーを侵害されたとして刑事告訴や損害賠償請求をしていく構えだ。

市を相手取った裁判

この裁判とは別に、Aくんは市教委や学校が適切な対応を取らなかったためにいじめが継続し、計4度、約11カ月間にわたって不登校になったとして、18年6月、市を相手取り550万円の損害賠償を求めて提訴している。

同年9月の第1回口頭弁論で市は争う姿勢を示し、「請求原因が法的に整理されていない」として原告側に説明を求め、回答後に事実関係を明らかにするとした。また市は、「Aくんが受け取れなかった卒業証書を代理人の弁護士に手渡したい」と提案。

Aくんの自傷行為などに関する医師の証明書

Aくんの母親によれば、卒業証書については文科省と県教委が再三、年度中に母親と話し合った上で対応するよう市教委に指導したが、市教委から母親への連絡はなく、法廷で突然「卒業証書を渡したい」と言われたという。

Aくんは受け取らず、閉廷後、Aくんの母親は「法廷で卒業証書を渡そうとするなんて信じられませんでした。息子を傷つける対応はもうやめてほしい」と憤った。

市が調査委の報告書の一部を否定

12月の第3回口頭弁論後に提出した準備書面で市側は、Aくんの自傷行為について「主張しているのは母親のみであり、学校は自傷行為について確認できなかった」と記述している。また、Aくんがサッカー部の練習中に首を絞められたという主張についても、本人から申し出たことは卒業まで一度もなく、「繰り返し主張していたのは母親のみ」としている。

さらには「他のサッカー部員にも訴えたことはなく、平常に登校し、かつ、サッカー部の練習にも元気よく参加していた」「学校の調査によっても、サッカー部のいじめの事実および証拠は認められなかった」など、市のいじめ問題調査委員会の報告書とは異なる内容も記述している。

調査委が18年3月に出した報告書では、サッカー部の練習中に「ひじで顔をたたかれたこと」については、時間が経過していたために、部員や顧問の記憶が定かではないとの理由で「実行行為を確認できなかった」とした。

一方、「Aくんが部員の一人からいきなりTシャツの後ろの襟首を引っ張られ、首を絞められた状態で倒されたこと」については、「倒した本人からの聞き取りにより、実行行為を確認できた」として、いじめの事実を認めた。

また報告書の提出を受け、市教委の井上清之学校教育部長は報道陣に、「いじめの解消よりも不登校の解決を優先し、いじめの重大事態としての認識が甘く対応が遅れた」と謝罪。母親にも報告書の内容を説明し、「いじめが解消されていないのに登校させようとし、いたずらに時を過ごしてしまった」と反省の弁を述べていた。

Aくん側の弁護団は「調査委の報告書と違う主張は、市として意図的に、あるいは市と市教委が一体となってしていることなのか」と疑問を呈し、「報告書の内容と訴訟での対応が全く異なるとなれば、今後の調査委のあり方に関わる。川口市はそこまで考えているのか」と厳しく指摘する。

また、Aくんの母親は、市側が自傷行為について「繰り返し主張していたのは母親のみ」としている点について、「市教委、校長、教頭そして県警との話し合いの席で、自傷行為についての医師の証明書を、息子の代理人弁護士が市教委らに見せました」と語る。

その証明書には 「学校の友達からのいじめ、嫌がらせによって、心理的に不安定となり、強い不安、不眠、自傷行為(リストカット)などを生じています。現状では登校できないと思われます」と記載されている。

「市教委と学校はノートに書き写していましたが、証明書を目にしたことを文科省や県教委には報告しませんでした。そして今、『学校は確認していない』としている」と話し、「市側が主張されていることはほとんどが事実と異なり、全く問題と向き合う姿勢も見えません。責任を逃れるために、問題の原因が被害者側にあるとする話を必死に作っているだけだと思います」と強い不信感を語る。

いじめを否認

19年2月13日の第4回口頭弁論で、市は「調査委による報告書の存在は認めるが、国家賠償法上の違法性は否認する」とした上で、「いじめ防止対策推進法上のいじめの有無と、国家賠償法上の違法性の有無は異なると考えている」と回答。市教委の第三者委がいじめと認定した7事案全てについて、事実関係を否認した。

Aくん側が被告側の主張の根拠となる証拠の明示を求めたところ、市は「仕上がり次第、提出します」と答弁。Aくん側の弁護団は閉廷後、「調査委の報告書が公表された後、内容に異議を唱えていなかったにもかかわらず、訴訟になってから異議を訴えるのは矛盾しているのではないか」と指摘。「いじめを否定する主張について、加害生徒だけから聞き取ったとすると、一方の意見を真実だと主張することになり不公平だ」と話し、さらに「調査委の認定を覆す主張をするのは、調査委のあり方について影響を与えかねない」と述べた。

Aくんの母親は「報告書が示された際、市教委は『学校の対応が遅れ、つらい思いをさせて申し訳ない』と責任を認めて謝罪したのに、裁判になった途端、言うことが変わってしまいました」と話し、「裁判で市は、加害生徒など生徒らの証言まで変え、私や息子が何をしたか、何を言ったかという点でも全く事実ではないことばかりを述べている。私たちは日に日に精神的に追い込まれています」と訴える。

岡部純子裁判長は、市側にいじめ防止対策推進法上のいじめの有無や、いじめを否認した根拠について説明を求め、市側は次回(5月15日)までに回答するとした。

新たな裁判も

この他に19年1月、Aくんは自身の情報開示請求に対し、市教委が調査委の調査内容が記された文書を開示しなかったのは不当だとして、市に不開示決定の取り消しなどを求める訴訟をさいたま地裁に起こしている。

事の発端は約1年前の18年1月、Aくんがいじめの重大事態に関する全記録の開示を請求したところ、市教委が調査委に関する文書を除く「部分開示」を決めたことであった。この「部分開示」については、文科省や県教委とのやりとり、元生徒らへの聞き取り記録など、多くの文書がいまだ開示されていない。

Aくんの母親は、調査委に関する文書を含めた一部資料の不開示に「いじめの被害者に対する調査報告など、『必要な情報を適切に提供する』と規定した、いじめ防止対策推進法に違反する行為」と憤る。

市教委は「公判に向けて精査している段階で、コメントすることはできない」としている。


次回(最終回)は、教育評論家・尾木直樹氏や、いじめ防止対策推進法の立法に携わった小西ひろゆき議員の見解を踏まえ、これからの学校や教委のあり方を考える。

(小松亜由子)