世界の教室から 教育先進国・フィンランド 第3回 教師の裁量と資質

慶応義塾大学教授 今井むつみ

教師になるのが世界一難しい国

前回述べたように、国のガイドラインで定められた必要な知識や技能を教科横断的に習得する授業を組み立てるのは、教師にとって非常に挑戦的なことである。

まず、ガイドラインで定められた知識を頭にたたき込み、1年の全授業を通して、それをどのように内容に盛り込むかを考えなければならない。行き当たりばったりで子供の興味を引き出せればよいというものではないのである。

フィンランドでは、教師の裁量に任されている部分が非常に大きい。学年ごとの学習内容について、ガイドラインに定められた知識、技能をどのように教えるかは学校あるいは教師個人が決める。教科横断は当たり前である。「そんなに緩いやり方で、一体どのようにして質のコントロールができるのか」という懸念の声が聞こえてきそうである。

フィンランドの小学校での算数の授業

その懸念について、フィンランドが出した答えは、教師の質を上げることだった。実際、フィンランドは小学校教師になるのが世界一難しい国なのだ。

前述したとおり、フィンランドでは個人の能力、学力を測る学力テストは、初等・中等教育を通じて実施されていない。初めて行われるテストは高校卒業時の「大学入学許可テスト(matriculation examination)」である。このテストは、希望する大学・学部を決める大きな要素となる。特定の大学・学部は独自の入学試験も課している。

したがって、この段階で、フィンランドの高校生は人生初の選抜試験を受けることになるわけだ。そこには競争がある。競争率が最も高いのは教育学部で、小学校の教師になるには、まずは教育学部に入学し、学士だけではなく、修士課程まで修了しなければならない。競争率は10倍以上で、医学部と同じか、むしろ高いくらいだという。

フィンランドは伝統的に学校教員へのリスペクトが高い国だそうだが、これほどまでに若者のあこがれの職業になったのは、教育改革が実を結んだ結果だ。

よく、「フィンランドは日本と違って教師の待遇がよい」との声を聞く。確かに、日本のように「モンスターペアレンツ」への対応や、「部活動の指導で休日がない」「夜遅くまで学校に残らなければならない」などという事態はない。

しかし、それはヨーロッパではフィンランドに限らず当たり前である。給料については決して悪くはないが、他の職業と比べて格段によいわけでもなく、普通の公務員と同水準で、医師よりも高いということはないそうだ。

教師は研究者

教師という職業の人気の秘密は、教育カリキュラムの工夫や実践に対して、教師個人が大きな裁量を持っている点だろう。もちろん、それは大きな責任を伴う。

しかし、「上」から命令されて仕方なくするより、自分で探究してやり方を工夫し、成果を上げられれば、それほどやりがいのあることはない。

フィンランドの教師は「研究職」と位置付けられている。つまり、「教えることは研究すること」と考えられているのである。フィンランドでは小学校以上の学校で教師になるためには修士号を持たなければならない。しかも、それは、単位取得のみを問う、いわゆる「資格修士」ではない。

教師の卵たちは、教育学と教育実践の諸理論と共に、学習科学の研究の方法論を学部からたたき込まれ、修士課程ではそれを統合して研究し、研究論文を書くことを求められる。日本も含め、諸外国では小学校の教師はいわゆる文系タイプが多く、数学や統計に苦手意識を持っている人が多いが、フィンランドでそれはありえない。学習科学の方法論を身に付け、自分で研究デザインや統計分析ができなければ、教師の資格は得られないのである。

このような教師が子供を教えるからこそ、子供の興味を尊重しながら、どの教科においても日常生活の中で科学的な思考をし、批判的思考を育てることが可能なのである。

日本や他国では、教育の質を確保するために現場を管理しようとする圧力がどんどん強まり、それに伴って若者には「教職はブラック」と見なされ、志望者は減るばかりである。教師が日本でも再び人気の職業になるように、日本は今、何をすべきなのだろうか。

※執筆にあたり、Pasi Sahlberg(2014)「Finnish Lessons 2.0」を参考にした。

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