「ネットいじめ」「教委の対応」巡る二つの裁判 (4)学校のあり方を考える

埼玉県川口市のいじめ問題は、被害を受けた元生徒が市を相手に損害賠償請求を起こすなど、社会的にも大きな反響を呼んでいる。今回の問題や裁判が、教育関係者にどのような意味を持つのか、またこれからの学校教員には何が求められるのか。最終回は、教育評論家の尾木直樹氏や、立法に関わった小西洋之議員をはじめとする関係者の話を基に、学校における、いじめ対応の然(しか)るべき姿に迫る。


教育評論家・尾木氏の見解

東京都の公立中学校や私立高校で22年間にわたって教諭を務めた、教育評論家で、法政大学特任教授の尾木氏は、昨今のいじめを巡る状況について「新学期に子供の自殺が相次ぐことには胸が痛みます。いじめから子供の命を守るために、関係者がすべきことはたくさんあるはずです」と語る。

いじめ問題の改善に向けて「妨げ」となっているのは、いじめ調査において保身に走る教委の存在だとし、「特に川口市の対応は、これまで見たことがないくらいのひどさ」と痛烈に批判する。

「母親をモンスターペアレントだと思わせることで、『大したいじめではない』ように見せようとする。そんな教委の意図を感じます。また、第三者委員会の調査は被害を受けた子供のために実施するものなのに、調査の過程で作成された多数の文書を開示しないなど、本来の目的を見失っています」と指摘。今後の対応について「職員の処分を検討するべきではないでしょうか。放置すれば市長にも責任が及びます」と語気を強める。

教育評論家の尾木直樹氏

被害を受けた生徒と母親については「周りが敵だらけの状況で、本当によく闘っています」とたたえ、プロバイダー3社に投稿者の情報開示命令が出されたことについては、「『身元を明かさず人を傷つけた悪質性に気付いてほしい』『ネットいじめを減らしたい』という、母子の強い願いがかないましたね。訴訟を起こすハードルは高く、多くの被害者が泣き寝入りしてきたことでしょう。ですが今回の判決で、書き込んだ側に責任があるということが明確に示されました」と評価する。

また、今回の母子に対するネット掲示板の書き込みについては「実名やあだ名をさらす書き込みの中には、子供が書いたとは思えない表現、事情をよく知る大人による投稿ではないかと疑われる中傷もありました」と分析。「匿名での誹謗(ひぼう)中傷という暴力が横行し、安心して生活する権利が侵害されています。今回の判決を踏まえ、大人が、ネット上での悪質な書き込みは許されないと子供たちに伝えていく必要がある。そして、ネット社会でのモラルを築いてほしい」と語る。

教員には「川口市の被害生徒とその母親のことを知ってほしい。そして、1人では難しくても、学習会を開くなどして、真相の究明や母子の支援に力を貸してほしい」と要望。加えて、「いじめ防止対策推進法に対する理解が不十分。この法律は先生方を応援し、子供を守る法律です。さまざまな機会をとらえ、熟知してほしい」と期待を寄せる。

立法に携わった小西洋之議員

いじめ防止対策推進法の立法に携わった小西議員は、「いじめはどこの学校でも、どの子供に対しても起こりうる。学校教育の永遠の課題」とした上で、「いじめが起きにくい、起こしにくい環境をつくることができれば、いじめを最大限に予防することができるはず。年間を通じたいじめ防止プログラムを全ての学校で実施するために、法律を制定する必要があると考えた」と語る。

「立法前はいじめ問題と言えば、自殺のような悲惨な事件が起きたときにだけ表面化し、その度に文科省は通知を出すものの、やがて風化するという繰り返しだった」とし、文科省の通知が学校現場で機能しなかった理由について「いじめを最大限に予防し、早期発見し、適切に解決するための構造的な問題が解消できていなかったため」と話す。

加えて、「現場の先生方が『いじめは絶対に放置してはいけない』と認識していても、いじめの予防や解決のスキルを身に付けるような機会は十分ではなかった」とした上で、「それなのに個々の先生だけに責任を求めるのでは、いじめは解決しない。担任が抱え込むのではなく、現場の先生方がチームとなっていじめに対応していく仕組みを、全ての小・中・高校に設けてもらうことにした」と話す。

小西洋之参院議員

また、川口市立中学校でいじめを受けた被害生徒のことに触れ、「各方面から相談を受け、市教委に指導するよう文科省に申し入れた。本来、教委は子供の人権と尊厳を守り抜くのが仕事のはず。この意識が欠けていると言わざるを得ない。市教委は法律や文科大臣の基本方針を一言一句読んでいただきたい」と語る。

いじめの防止や発生した場合の対策については、「学校現場での理解が全く十分でない。抜本的な意識改革が必要」とした上で、学校現場や教委に向けて「これは川口市に限らず、全国について言える。いじめ防止対策推進法は、学校の先生方の負担を重くするのではなく、学校が専門家との連携を含めてチームを作り、組織の力で子供の命と尊厳を守るためのもの。趣旨を理解し、救えるはずの子供たちを救ってほしい」と強調した。

いじめ撲滅を目指して

被害生徒の母親のもとには、全国から何通もの手紙が届いているという。そのほとんどがわが子に対するいじめに悩む親から。「学校や教委に相談しても、十分な対応をしてもらえない」など、取るべき手段について相談する切実なものばかりだ。

「自分も誰に頼っていいか分からず苦しんだ。親子で心中しようとしたことも、数えきれないほどある」と、送られてきた手紙を前に母親は語る。相談への対応について「体が幾つあっても足りない」というが、「遺族と違い、存命被害者の家族は対応の早さやタイミングが重要。自分にできることがあれば力になり、少しでもいじめの被害者やその家族の苦しみを減らしたい」と話す。

最後に全国の学校や教委に向けて、「先生方も人間ですから、間違えたり、『対応する』と言いながら忘れてしまったりすることはあると思う。そのことを隠すのではなく、認めた上で『次はきちんとやります』と言って、私たちの訴えや願いに寄り添ってほしい」と思いの丈を語った。

(おわり)

 


【取材後記】

いじめ被害者やその家族に共通するのは、「被害者や遺族の気持ちに寄り添ってほしい」という願いだ。必ずしも「完璧な解決」や「間違いのない対応」を求めているわけではない。経緯や現状を隠すことなく示し、隣に座って苦しみを受け止めてほしい。そんな願いを強く抱いていることが、一連の取材を通じて伝わってきた。

「いじめ調査」は、いじめがどのような経緯でなされたのかを解明するためのものであり、学校や教委の責任を追及するのが狙いではない。「真実を明確に示してほしい」「真実を知りたい」と願う本人や家族に寄り添いながら、いじめ防止を支援することこそが、本来の目的であるはずだ。

いじめ問題が起きる度に、学校は強い責任意識から「穏便にすませよう」と考え、教委は「学校の責任にならないようにしよう」と働き掛ける。しかし、家族は学校や教委を断罪するよりも、1日でも早く、楽しい学校生活を子供に取り戻させたいとの願いを抱いている。

そして、子供自身も、苦しみを乗り越えて一歩でも前に進みたいと望んでいるに違いない。まずは子供や家族の苦しみに寄り添い、真実を明確にしようとすることで、いじめの撲滅に向けて共に歩むことが、学校や教委に求められる役割なのではないだろうか。

(小松亜由子)