2030年の公立学校像 松田孝校長の証明(下)

普通の公立小学校でありながら、ICTやプログラミング教育で最先端の取り組みを進め、注目を集める東京都小金井市立前原小学校。最終回は、公立学校の内部崩壊を危惧し、警鐘を鳴らす松田孝校長が、来るべき未来の教育ビジョンを語った。


プログラミングは現代の砂場遊び
――プログラミング教育をはじめ、前原小には視察が絶えないと聞きます。

視察に来る人が期待しているのは「『プログラミング的思考』を小学生にどうやって教えているのか」を知ることです。しかし本校の実践を見ても、残念ながらそれは分からないと思います。なぜならば、プログラミング的思考を教えようとは思っていないからです。

本校ではプログラミング的思考を直接狙っていないのです。プログラミングは新しいメディア表現です。だからこそ、子供たちが主体的に学んでいきます。子供たちは、プログラミングを通じて何かを表現しようとすれば、合理的なプログラムを考え出さなければなりません。そのため、みんなで試行錯誤したり、見せ合ったり、楽しんだりする。まさに現代の砂場遊びです。そうした活動を通じて、結果的に「プログラミング的思考」が身に付くのです。

教科の中でプログラミングをしていては、プログラミングの一番面白い「Tinkering」の活動が保障できません。プログラミングは教科の狙いを達成するためのツールではありません。

JavaScriptでコードを入力する児童

より自由な表現をしたいと思ったら、タイピングスキルのある子供たちはビジュアルからテキスト言語への移行を苦にしません。むしろ一つ一つの単語を理解しながらコーディングそのものを楽しみます。子供たちには、早くタイピングに慣れさせて「BASIC」や「JavaScript」などのプログラミング言語で、どんどんコーディングをやらせたいですね。これこそがプログラミング教育必修化の狙いの一つであるIT人材の育成につながるし、何よりも子供たちのキャリア形成と選択の可能性を広げます。

――企業との連携も積極的ですよね。

本校は現在、総務省の「次世代学校ICT環境」の整備に向けた実証や、12月には同省の「技術試験事務」実証で日本の小学校で初めて、5G(第5世代移動通信システム)を5年生が体験しました。150メガバイトのデータをダウンロードするのに3秒とかからなくて、新しい学びの可能性を切実に感じることができました。総務省などの実証事業を受けることで、ICT端末やプログラミング教材の提供を受けられ、今のICT環境が実現しています。

ただ、現在の本校のICT環境は一般家庭とそんなに大きく変わりません。でも、行政がいざ市内の学校でICT環境を整備するとなったとき、対応は遅いし、導入するシステムの仕様も一昔前のもので、使い勝手が悪すぎます。

今は絶対にクラウドコンピューティングです。まずはできる学校、やる気のある校長の学校にICT資本を集中投下して、成功モデルを作って、それを基に各学校が自分たちで仕様を考えた方が効率的です。一律にやろうとするから、時間もコストもかかるし、使い勝手も悪くなってしまうのです。

教育は維新前夜を迎えているが…
――2030年の公立学校がどうなっているのか。予想を聞かせてください。
プログラミングは新しいメディア表現

テクノロジーが教育を根本的に変える――と信じています。まさに今、教育にパラダイムシフトが起ころうとしています。日本史に例えれば明治維新の前夜で、いろいろな人がいろいろな思惑を持ってうごめいています。一歩先がどうなるのか、展開が読めません。

ただ、私は現状の教育制度については、絶対にリストラクチャリングが必要だと思っています。

これからの時代、子供たちは学校に行かなくても、インターネット上で人と関係性を築いたり、自分が必要とすることを学んでいったりできるようになる。だからこそ、全国一律の義務教育制度そのものを、大きく変えていく必要がある。

しかし、インターネットで思い思いに学べるようになったからといって、これまで学校が担ってきた人が集まり、みんなで学ぶ場が不要になったわけではない。むしろ絶対に必要です。

子供たちが21世紀を切り開く資質・能力を育むには、個性的な学びが保障されなければなりません。そのためには、個別の時間が絶対に必要だし、他者との協働がなければ個性は絶対に磨かれません。だからといって、今の教育制度や人事システムによる「学校」という存在が、これらを担保するのかというと、極めて難しい状況にあると言わざるを得ません。

教員の人事システムの維持が喫緊の行政課題です。今年の全国各地の教員採用試験の倍率はご存じの通りです。私は今、早稲田大学の大学院にも在籍していますが、教育学部生で、教員採用試験を受ける人数はごくわずかだと聞いたことがあります。採用倍率が下がれば、教員の質が下がるのは必然です。

すでに多くの自治体で、定数通りの教員配置すら難しくなっている。産休・育休の代替教員を探し出すことがいかに難しいか、東京都の副校長ならば誰もが身をもって知っています。現場の最前線で、極めて高度化する教育課題に対峙(たいじ)し、やりがいを感じることのできる職でなければ、優秀な人材は絶対に集まりません。

今、教員の働き方改革が叫ばれていますが、勤務時間の量としてこの問題を矮小(わいしょう)化したら、本質的な解決は絶対にできません。内部崩壊を食い止めることはできないと思います。

――公立学校に希望はないのでしょうか。

今年秋のラグビーワールドカップ、2020年の東京オリンピック・パラリンピック、25年の大阪・関西万博と、ここまでは日本はその開催と成功に向けて世界からも注目を浴びて、躍動していくでしょう。でも、その後は予想がつきません。

ただ、25年以降の世界と時代を主体的に生きることのできる人材を、今のうちに育成、輩出しておかなければ大変なことになるのは、誰が考えても明らかです。そこを担うのが今の教育制度であり、学校という場です。ところが今の学校現場は、20年から全面実施になる新学習指導要領をいかにうまくこなすかばかりが注目され、30年のことを考える余裕や危機感はほとんどありません。

公立学校における自主性、自立性の概念を変えてみたらどうでしょう。学校の自主性・自立性は以前から言われていますが、今の社会通念上、公立学校が稼ぐことは教育行政の枠にない考え方です。まずはそこを変えてみてはどうかという提案です。

東京都小金井市立前原小学校の松田孝校長

例えば、前原小のプログラミング教育のカリキュラムをライセンス化して他校に売ったり、実践発表会に1人1万円の参加費を徴収したりする。本校では1回の発表会に200人くらい来ますから、1回に200万円、それを年3回やれば600万円の収入になります。それだけあれば設備投資にも回せるし、校長や教員の自信にもなるでしょう。

このまま何もしなければ、公立学校は確実にじり貧です。毎年、予定調和の研究発表をして自己満足していたら、人を集めることなんてできませんし、参加費を徴収するなんてできない。まさに校長の経営センス、マネジメント力が問われます。このことは制度的には難しくないと思います。設置者が「OK」を出せばいいだけの問題です。地域・保護者はそれぞれに特色ある学校を選択できるようになります。

学習指導要領や教員の任命権のように、なぜ今も教育だけが中央集権的なのかと思います。もっと地方分権を進めて市町村や学校に自立性を持たせる。その上で、危機意識を持っている学校が改革に乗り出し、どれだけ生き残れるかだと思います。

2030年の学習指導要領は、教科の再編が必至だと考えています。教育内容の激変とともに、オルタナティブな選択肢として、日本でもチャータースクールのような教育機関がもっと増えて、昭和・平成が創り出し、成功を収めた教育制度の呪縛から解き放たれることで、初めて新しい地平が見えてくる。

これこそまさにパラダイムシフトであり、そこへのシフトチェンジは、既存制度の中で努力している、多くのステークホルダーとの戦いにもなるでしょう。相当の覚悟が必要です。