多文化共生社会への第一歩(中)世界の日本語教育を訪ねて


在籍児童の半分が外国籍か外国にルーツを持つ、横浜市立飯田北いちょう小学校で国際教室を担当し、現在は同市立仏向小学校の国際教室を担当する菊池聡教諭。世界を巡る中で実際に目にしてきた、各国の日本語教育の姿をヒントに、日本の学校教育が目指すべき方向性を探る。


■小学校から海外の日本語学校教員へ

――多文化共生教育の世界に入ったきっかけは、何だったのでしょうか。

学生時代はずっと、サッカーばかりしていました。それが大学3年生のときに、けがをしたことで選手を引退し、その後、少年サッカーチームのコーチを引き受けるようになったんです。そこで純粋にサッカーを楽しむ小学生と接する中で、小学校の教員に興味が湧きました。故郷の仙台市で体育の教員をしようと考えましたが、小学校の教員を目指すことにしました。

その後、晴れて地元の宮城県で小学校教員となり、最初に赴任したのが東北大学の寄宿舎を学区に抱える仙台市立金剛沢小学校でした。そこで初めて受け持ったクラスの児童の半分が、外国人の子供だったのです。寄宿舎には、外国から来た研究者やその家族が多く住んでいました。

――それは運命的ですね。

これまで体育ばかりやってきたので、最初はそうした子供らとの接し方がよく分からず、外国人の保護者とどう話せばよいかも分かりませんでした。……

この記事は購読会員限定です。購読を申し込むと、続きをお読みいただけます。