多文化共生社会への第一歩(中)世界の日本語教育を訪ねて

在籍児童の半分が外国籍か外国にルーツを持つ、横浜市立飯田北いちょう小学校で国際教室を担当し、現在は同市立仏向小学校の国際教室を担当する菊池聡教諭。世界を巡る中で実際に目にしてきた、各国の日本語教育の姿をヒントに、日本の学校教育が目指すべき方向性を探る。


小学校から海外の日本語学校教員へ
――多文化共生教育の世界に入ったきっかけは、何だったのでしょうか。

学生時代はずっと、サッカーばかりしていました。それが大学3年生のときに、けがをしたことで選手を引退し、その後、少年サッカーチームのコーチを引き受けるようになったんです。そこで純粋にサッカーを楽しむ小学生と接する中で、小学校の教員に興味が湧きました。故郷の仙台市で体育の教員をしようと考えましたが、小学校の教員を目指すことにしました。

その後、晴れて地元の宮城県で小学校教員となり、最初に赴任したのが東北大学の寄宿舎を学区に抱える仙台市立金剛沢小学校でした。そこで初めて受け持ったクラスの児童の半分が、外国人の子供だったのです。寄宿舎には、外国から来た研究者やその家族が多く住んでいました。

――それは運命的ですね。

これまで体育ばかりやってきたので、最初はそうした子供らとの接し方がよく分からず、外国人の保護者とどう話せばよいかも分かりませんでした。ところが、不思議なことにそんな状況でも、学校全体としてはうまく機能していることに気付いたのです。

なぜだろうと職員室を見回してみると、パリにある日本人学校から帰ってきたばかりの教員がいたり、青年海外協力隊の経験がある教員がいたりと、世界の子供たちと関わった経験のある同僚が少なからずいたのです。彼らの視野の広さには、大いに刺激を受けました。

「これは海外に行った方がいいな」と思い、結婚を機に宮城県を離れ、海外に出るチャンスが多い神奈川県の教員になりました。そして、香港日本人学校大埔校に3年間勤務しました。

その後、日本に戻って最初に赴任したのが、横浜市立いちょう小(後に統合し飯田北いちょう小に)です。

偶然がきっかけで多文化共生教育に関わるようになったという菊池教諭

金剛沢小では、外国の子供たちや保護者と、世界の料理パーティーを企画したこともありました。こちらから歩み寄るという私自身のスタイルは、その当時に培われたものです。

逆に、香港では私たちがマイノリティーの立場になりました。香港には日本人も多く住んでいますが、その人たちと困ったことを慰め合っていても、何の解決にもなりません。

妻が精神的に追い詰められてしまったとき、助けてくれたのは隣に住んでいた香港人でした。旅行用の日本語帳を片手に「大丈夫ですか」と声を掛けてくれたのがきっかけで、交流が始まりました。

「マジョリティーから働き掛けるべきだ」という私の持論は、このときの実体験で確固たるものとなりました。

海外の日本語教育の現場

――世界各国の日本語教育の現場に実際に出向かれ、どのようなことを感じましたか。

さまざまな国や都市の学校の日本語教育を見てきましたが、「日本語を学ぶ事情」が国によって違います。

例えば、教師海外研修として派遣された米国のカリフォルニア州ロサンゼルス近郊にある公立小学校では、日本語を含む7言語のイマージョンプログラムが実施されていました。

そのうち、英語と日本語のイマージョンプログラムでは、午前中は日本語、午後は英語といった形でスイッチしながら、全ての教科の授業が行われていました。その狙いは、第二言語を教えることではなく、第二言語で教えることによって、語学力を向上させることにありました。

菊池教諭が集めた、さまざまな国の衣装や民芸品であふれる国際教室

私自身も、例えば体育を英語で教えるといったようなイマージョン教育をやれば、日本語も英語も伸びるのではないかと思います。

また、ブラジルのマナウスというアマゾン流域にある公立学校も、日本語のイマージョン教育を実施していました。ただし、その狙いは米国の場合と全く異なるものでした。ホンダやヤマハをはじめとする日系企業が進出していたため、そこに就職するには日本語を使えた方が有利だからです。また、ブラジルには日系人が多いので、自分たちのルーツを大切にするという意味で、日本語教育がとても盛んな地域でもあります。

また、ベトナムでは技能実習生などとして日本で暮らすために、日本語を勉強する人が大勢います。日本語を第一外国語にしている学校も多く、国として日本との経済交流を活発にして発展しようとしています。

その隣のカンボジアでも、日本語の学習は盛んです。カンボジアは内戦の影響で主要産業が育っていないこともあり、日本人を相手にした観光ガイドが人気の職業になっています。

――国によって日本語学習のニーズが異なるのですね。

彼らが何のために日本語を学んでいるのかを見極め、それに寄り添って支援することが大切です。それは日本国内でも同じです。

日本で生活する外国人が日本語を学習することの意味は、日本人が英語を学習するのとは違います。つまり、生活に根差した日本語になっていることが大前提です。

外国人の子供への日本語教育については、「日常会話に問題がなければ、もう国際教室で日本語を勉強しなくてもよい」と考える人がいます。

しかし、実際にその子に日本語で文章を書かせてみると、助詞が抜けていたり、会話中の濁音を聞き取れていなかったりする。その子たちが将来、スマートフォンで友達とメールをしたり、履歴書や願書の自己PR文を書いたりすることを考えれば、「日常会話ができれば日本語学習は卒業」とは言えません。

世界各国の日本語教育の現場を見てきた菊池教諭

だから、もう少し日本語の学習期間を長くして、目の前の生活課題をクリアできる力を身に付けさせてあげるべきだと思います。

日本の学校はこれまで、「日本で暮らしたいなら日本語を話しなさい」と、一方向的な要求を外国人の子供にしていました。でも、外国人が増えて同じ空間で生活するようになれば、日本の子供たちも、外国の子から必要な情報を得られるようになります。

つまり日本人の側から見ても、外国人が日本人と一緒に生活するための日本語力を身に付けることは、今後ますます重要になると思います。

(藤井孝良)


【プロフィール】
菊池聡(きくち・さとし) 横浜市立仏向小学校教諭(国際教室担当)。2001年~03年に香港日本人学校大埔校に勤務。04年から横浜市立いちょう小学校(国際教室担当)、14年に同校が統合した同市立飯田北いちょう小学校(国際教室担当)に18年3月まで勤務。多文化共生の視点から、地域や関係機関と連携した学校づくりを進め、海外への視察も精力的にこなす。17~18年に教育新聞の連載「多文化共生教育の最前線」を分担執筆。著書に「<超・多国籍学校>は今日もにぎやか! 多文化共生って何だろう」(岩波ジュニア新書)など。