~心の声、気付いてよ~ 子供に寄り添うWYSH教育(上)

いじめ、学級崩壊、子供の自殺……。深刻化する子供たちの問題を、どう解決していくべきなのか。

京都大学学際融合教育研究推進センターの木原雅子教授は、自ら開発した「WYSH(ウイッシュ)教育」で、揺れ動く思春期の心と身体に寄り添い、多くの子供や学校を救ってきた。第1回は、社会の変化とともに進化してきたWYSH教育とは、具体的にどのようなものなのかを聞いた。全3回。


■自尊心を高め、自主性を育む
――WYSH教育とは、具体的にどのような教育なのでしょう。

WYSHとは、Wellbeing of Youth in Social Happiness(子供たちの真の幸福)の頭文字を取ったものです。一言で表せば、子供の自尊心を高め、自主性を育み、どう生きるかを考えさせる教育です。

私たちはこれまで、約35万人に及ぶアンケート調査と1200人を超えるインタビュー調査を通じ、科学的分析を行ってきました。WYSH教育では、それらの分析結果と私たちが自ら開発した「社会疫学」という方法論を基に、子供や学校が抱える問題に適したオーダーメードの授業を行います。

これまでWYSH教育を受けた小・中・高校生33万3258人(2002~17年)について言えば、自尊心が向上し、いじめや不登校は減り、それに伴って学力が向上するなど、子供たちに大きな変化が見られています。

――多くの実践や調査から、現代を生きる子供たちのどのような問題点が浮かび上がってきているのでしょうか。

現代の子供たちは、バーチャルな人間関係とリアルな人間関係の両方に囲まれています。バーチャルな人間関係が複雑化する一方で、学校の先生や友人、親などとのリアルな人間関係はどんどん希薄化しています。

目に見える変化を挙げれば、風邪やアレルギーでもないのにマスクをしている「だてマスク」の子供が増えています。私も調査に関わった2014年の「全国高校生生活・意識調査」(全国高等学校PTA連合会)によると、健康上の目的以外でマスクを着用する生徒は、男子で14.3%、女子で41.7%に上りました。その理由として「安心するから」「表情を見せたくないから」などを挙げています。

スマホ依存の子供たちも増え続けています。同調査では、男子の約4分の1、女子の約3分の1がスマホ依存という結果が出ました。

これらの子供たちに共通して言えるのは、「自尊心の低さ」です。

つまり、現代の子供たちには内面的な問題として、「人間関係の希薄化」「自尊心(自己肯定感)の低さ」「自主性の低さ」があり、その結果、外面的な問題として「学力低下」や「スマホ依存」「いじめ」「自傷行為」「不登校」などが現れていると考えています。

「WYSH教育は子供の自尊心を高める教育」と語る木原雅子教授
■エイズ予防教育としてスタート
――WYSH教育は、どのような経緯で生まれたのでしょうか。

もともと私は研究者として、日本と米国で循環器疾患の基礎研究や、発がんの分子疫学的研究に従事してきました。その後、1994年にエイズの疫学研究に参加し、97年からは日本人の性行動の予備研究を始め、99年に日本初の全国性行動調査を行いました。この調査によって、日本の若者における性の問題の深刻さや、予防教育普及の必要性が明確になりました。

2000年頃の日本は子供たちの性行動が活発で、中絶の数もピークを迎えていました。しかし、その時代の日本の性教育は、文化も価値観も違う欧米の性教育をそのまま翻訳したようなもの。当然、効果は現れず、性の問題行動が深刻化していきました。

この状況をどうにかしなければと、02年より科学的根拠を持つ予防・支援プロジェクト「WYSH教育」の開発に着手しました。つまり、WYSH教育は当初、Wellbeing of Youth in “Sexual Health”の略で、エイズ予防教育として始まったのです。

――エイズ予防教育として始まったWYSH教育が、どのようにして“Social Happiness”を意味するものへと進化していったのでしょう。

当初実施していた狭義の性教育だけで、子供たちを変えることに難しさを感じていました。そこで、症状に対してケアする対症療法ではなく、根本的な教育が必要なのではないかと考えました。

アンケート調査やインタビュー調査を続ける中で、性行動の背後にあるもの、根っこにある問題は何なのかを探っていくと、「人間関係の希薄化」「自尊心(自己肯定感)の低さ」などの問題が見えてきたのです。

学校で問題を起こす児童生徒、いわゆる荒れている子供は、「どうせ」が枕ことばです。つまり、自己肯定感がものすごく低いのです。まずは、その子の良いところを見つけて、自尊心を高める必要がある。その上で、自分の目標を見つけ、それに向かって頑張れるような子供を育てなくてはいけない。そのように考え、WYSH教育の内容を進化させていったのです。

WYSH教育の教育プログラム
■人とのつながりの質が変わった
――子供たちを取り巻く社会も大きく変化してきました。社会の変化とともに、子供たちの問題も変化してきているのでしょうか。

WYSH教育を始めた2000年頃は、まだスマホがありませんでした。けんかといえば、対面での口論や暴力など、目に見えるものでした。

しかし、今は見えないところで、いじめや嫌がらせが行われています。スマホなどのIT機器が普及することでコミュニケーションの手段が変わり、いじめの態様が変わり、人とのつながりの質も変わっていったのです。

以前は、「こんな強い言い方をしたら、相手の心がつぶれてしまうから、もう少し柔らかい言い方にしよう」といった具合に、お互いが直接やりとりしながら、適切な距離感を探っていました。でも、今の子供たちはそういう訓練をしないまま、デジタルの世界に入ってきてしまっているのです。

これでは、コミュニケーション力が育ちません。これから先、そうした傾向はますます助長されてしまうのではないかと危惧しています。

――コミュニケーション力がない、自尊心が低い子供たちをどのように救っていけばよいのでしょうか。

WYSH教育には、当初から変わらない理念があります。それは「世の中の全ての子供たちが、自分の良いところに気付いて自信を持ち、その子らしく、自分の力で大きく羽ばたけるように応援する」ということです。

人は目標に向かって走るときに、「見守る人」がいれば頑張れます。家庭にその力がなければ、学校の先生が「見守る人」になればいい。セクシャリティ、障害、国籍、経済格差など、子供が自ら選んでいないことで不利益を被ってはいけません。学校内のこうした格差をなくし、それを全国に広げていきたいと考えています。

WYSH教育は土台部分に「人間基礎教育」があり、その上に子供たちが直面する問題に自身で対処できるように支援する「各種教育」が乗ります。いわば「2階建て構造」の教育プログラムとなっています。

1階部分の「人間基礎教育」の第1ステップでは、子供の心の居場所づくりが目標となります。第2ステップではそれぞれの子供たちが必ず持っている自分の長所を発見し、自尊心を高めることが目標となります。

1階の土台がしっかりと築けたら、2階部分の「各種教育」の第3ステップで、現代社会に潜むさまざまな課題(危険)に関する身近で具体的な情報を子供たちに伝えます。そして、最後の第4ステップで、さまざまな情報を基に「これからどうするのか」を子供たち自身が考える時間を設けます。そうして自分で考え、みんなの前で発表し、自分で決めるという経験をしてもらうのです。

――WYSH教育は、どうすれば受けられるのでしょうか?

WYSH教育の発展などを目的に立ち上げた日本子ども財団のホームページで、年に1度、出張授業募集の告知を出しています。応募が来た学校からニーズや緊急性の高い1~2校を選び、その学校の現状を十分に踏まえた上で、課題を解決するためのオーダーメード授業を行っています。

2コマ程度の特別授業で終了する場合がほとんどですが、中には数年にわたって関わり続ける学校もあります。

また、毎年、夏休み期間中に京都でWYSH教育指導者養成研修会(日本こども財団HP参照)を行っており、研修を受けた先生方が各学校で実践を展開してくださっています。

第2回ではWYSH教育の具体的な授業例や、授業の組み立てについて聞く。


【プロフィール】

木原雅子(きはら・まさこ) 1954年、長崎県諫早市生まれ。京都大学学際融合教育研究推進センター教授。長崎大学卒。医学博士、教育実論家、社会疫学者。エイズ予防財団リサーチレジデント、カリフォルニア大学サンフランシスコ校リサーチコンサルタント、ニューサウスウェールズ大学客員研究員、長崎大学医学部助手、広島大学医学部講師、京都大学大学院医学研究科社会疫学分野准教授を経て、現在に至る。京都大学で教鞭(きょうべん)をとる傍ら、(一財)日本こども財団代表理事、(一社)全国高等学校 PTA 連合会健全育成委員会協力委員長、NHK青少年教育番組・いじめ関連番組専門家委員、文部科学省性教育講習会講師、文部科学省生徒指導指導者養成研修会講師、文部科学省健康教育指導者養成研修会講師等を歴任。著書に『10 代の性行動と日本社会―そして WYSH 教育の視点』、『あの学校が生まれ変わった驚きの授業―T中学校652日物語』、『あの子どもたちが変わった驚きの授業―授業崩壊を立て直すファシリテーション』(ともにミネルヴァ書房)他。