世界の教室から 教育先進国・フィンランド 第6回 フィンランドの幼児教育②

慶応義塾大学教授 今井むつみ

学習科学の知見に基づくプログラム

フィンランドの幼稚園訪問で最も印象に残ったのは、教師たちのレベルの高さ、プロフェッショナリズムだ。

出会った教師たちの誰もが高い英語能力を持っていて、保育の指針や実践について、英語でよどみなく語ってくれた。しかも、話す内容は中身が濃く、専門的だった。教師たちが教育学、発達心理学、学習科学について深く理解していることが、よく分かった。

前回でも書いたように、フィンランドの幼稚園では、小学校で学習する内容の先取りはしない。子供たちは、身体を動かして遊んだり、手を動かしてものをつくったりして時間を過ごす。しかし子供たちが楽しんで活動しながら、さまざまなことを学べるように、入念に考えられている。しかも、それが学習科学の研究の大事な知見を見事に組み込んでいるのである。

学習科学の研究では、幼児期に、数や量、形について興味を持ち、日常生活の中で自然とそれらに注意を払う習慣を付けると、後の算数の学力にも大きな影響を及ぼすことが分かっている。

割合・比率

小学校高学年で子供が苦労するのは割合・比率の単元だ。これは日本だけでなく、万国共通である。

トゥルク大学の研究チームは、割合・比の理解を測るテストを実施し、割合や比を予測するのは、小学校低学年時点での足し算・引き算の計算能力なのか、それとも、幼児期の数・量に対する注意力なのかを調べた。

すると後者、つまり数・量に自然と気付く能力の方が、計算能力より、後の割合・比の概念の理解度と強く関わっていることが分かったのである。

このように書くと、すぐに、「幼児に数や量に気付かせるワークをするとよい」と思いがちだ。しかし、そうではない。大事なのは、割合や比などの抽象的な概念(つまり数式)が示す具体例を「『自分で』『自然に』イメージできるか」なのだ。

そしてその能力は、日常の遊びや生活の中での体験を通じて、自ら育てていくことが大事なのである。

話を聞いたフィンランドの幼稚園教師ら
「お勉強」にはしない

前回紹介した視察先のスウェーデン語がメインの幼稚園では、この研究を報告したトゥルク大学と組んで、まさにこの能力を育てる取り組みをしていた。

実践といってもごくシンプルに、日々の屋外での遊びの中で、教師たちが木、花、枝、木の実など、子供たちがいつも目にする物の数や量、形についてコメントしたり、「どっちが多いかな」「いくつあるかな」などと、何気なく聞いたりするのである。

なぜワークを行わないのかといえば、子供がそれを「お勉強」として、日常の活動と別のものと思ってしまうと、生活の中での自発的な注意が育たないからである。

日本や米国、中国、韓国などでは、早期教育というと、小学校以降に学ぶ内容を先取りして教えることが主流である。しかし、いくら早い時期に知識を詰め込んでも、それは必要なときに使える「生きた知識」にはならない。早期教育の一番大きな弊害は、子供に「お勉強は教えてもらうこと」という、受動的なマインドセットを植え付けてしまうことだ。

このマインドセットは、これからの時代に最も必要な「いつでもどこでも自分で学ぶ必要があることを見つけ、それを学んでいける力」を育てるには、大きなマイナス要素だ。

教育先進国のフィンランドでは、政策決定者も現場の教師たちも、それがよく分かっているようだ。フィンランドでは、読み書きや計算を幼稚園で教えることは禁止されていると聞いたときには驚いたが、実際の幼児教育の実践を目の当たりにして、その意味がよく理解できた。

フィンランドがPISAで常に上位を占め、その教育システムがOECDから最も高く評価されている原点は、幼児教育にあることをひしひしと実感した。