ルポ・夜間中学 開設までの道のりとこれから(上)

この4月、公立の夜間中学が埼玉県川口市と千葉県松戸市に開設された。公立夜間中学開設は、実に22年ぶり。2016年に成立した教育機会確保法により、今、全国で夜間中学の開設に向けた動きが広がっているものの、現時点で開校したのはこの2市にとどまる。両市共に、市民ボランティアが自主夜間中学を運営しながら、30年以上にわたって公立夜間中学の開設を要望してきた歴史がある。松戸市では、千葉県で2校目の公立夜間中学となる。第1回では松戸市の事例から、公立夜間中学の開設に向けた課題を浮き彫りにする。


市町村で開設する難しさ

松戸市立第一中学校みらい分校は、旧古ケ崎南小学校の校舎を活用し、生徒数22人、各学年1クラスでスタートした。入学を希望する生徒は外国籍の8人を含む10~70代で、そのほとんどが市内から通う。みらい分校の場合、県内に在住していれば、必要な手続きを踏めば受け入れを認めているが、原則は市内からの募集にとどめている。

市では、不登校などの理由から中学校に通わずに卒業した「形式卒業者」についても、教育機会確保法で就学機会の確保がうたわれたのを契機に、17年に伊藤純一教育長が公立夜間中学の開設に向けた検討を市議会で表明。2年あまりのわずかな準備期間で開設にまでこぎ着けた。

公立夜間中学の具体化に向けて、市教委が実施した無記名アンケートでは、58人が入学を希望していることが分かり、それを基に予算を確保。当時、多くの市議会議員や市民にとって夜間中学の認知は十分ではなく、市教委では夜間中学の必要性について説明を重ね、理解を求めたという。

公立夜間中学の開設をアピールするポスター

県内2校目となる公立夜間中学の開設には、さまざまな困難が伴った。市の担当者は「夜間中学を市立学校として開設するには、政令市ではない松戸市にとって大きな財政負担だ。教職員体制でも、県費負担の教職員は生徒数、学級数に応じて配置されるので、毎年何人の生徒が入学してくるか予想が難しい夜間中学では、安定的な配置に課題がある」と話した。みらい分校は19年度、教員7人、教頭1人の8人体制となるが、養護教諭や日本語指導のための教員加配は取材時点で未定だった。

担当者は「松戸市に新しい学びの文化をつくる船出だ。夜間中学が始まって見えてくる課題もあるだろう。それらをクリアしていきながら、みらい分校を成長させていきたい」と語った。

先生が話す授業を受けたい

日も暮れた午後6時すぎ、JR松戸駅から少し歩いた場所にある松戸市勤労会館には、小学生から高齢者まで、さまざまな世代が三々五々やってくる。「松戸自主夜間中学校」は、毎週火曜日と金曜日の週2日、午後6~9時に活動している。

現在、自主夜間中学に通ってくる人は50~60人ほど、そのうち、中国やフィリピンなどから来日した外国人が5割を占める。教員や主婦、サラリーマンなど、20~25人のボランティアスタッフが学習者の状況に合わせて、日本語や算数、英語などの指導に当たる。

「松戸自主夜間中学校」のユニークなところは、金曜日については昼間部として午後3~6時の活動を設けていたり、学びにくる人のニーズに合わせた個別指導の他に、教師が講義をする一斉授業を実施していたりすることだ。

「松戸市に夜間中学校をつくる市民の会」理事長の榎本氏

子供の頃に学校に通えなかった高齢の生徒から「黒板や教壇があって、先生が話す授業を受けてみたい」との要望を受けて開設されて以来、ハングル講座や人権など、さまざまなテーマで行われる一斉授業は「松戸自主夜間中学校」の名物となっている。

1980年ごろには、松戸市内に住みながら都内の夜間中学にJR常磐線で越境通学していた人が毎年10人ほどいた。松戸市に夜間中学ができれば、市内だけでなく常磐線沿線からも学びたい人が通いやすくなる。その思いから、83年に「松戸市に夜間中学校をつくる市民の会」が結成され、公立夜間中学設立に向けた一環として、自主夜間中学の運営を始めた。

それ以来35年にわたって、①来る者拒まず、去る者追わず②教える者と教えられる者、分け隔てなく③一人一人を大事にする④基礎学力の充実を図り、生きる力をつける⑤自主夜間中学の運営は公立夜間中学づくりの一環――という五つの基本原則を掲げて、活動を続けてきた。これまでに延べ約2千人もの人が自主夜間中学に通ったという。

自主夜間中学は「居場所」

当初は、戦後の混乱期で小中学校に通えなかったり、卒業できなかったりした人たちが中心だったが、次第に、当時は「登校拒否」と呼ばれた不登校の子供や、就学免除となっていた障害のある人たちにとっての大切な「居場所」となった。

自主夜間中学は、参加費は原則無料で、会の活動に賛同する人たちからの会費で運営しているため、年間約30万円に上る会場使用料は悩ましい問題だ。

個別指導から一斉授業まで行われる松戸自主夜間中学校

「松戸市に夜間中学校をつくる市民の会」理事長の榎本博次氏は「勤労会館は市の経済振興部商工振興課の所管ということもあり、これまでも場所を変えるという話が何度か出た。しかし、かつてこの自主夜間中学で学んだ人が、たまに顔を出してくれることがある。その人たちのためにも、ずっと活動してきたこの場所は変えられない」と話した。

現在、自主夜間中学に通っている人で、みらい分校に通う意思がある人は3人ほどと、決して多くない。

松戸市での公立夜間中学の開設にあたって榎本氏は「公立夜間中学は、ただ作ればいいということではない。市が責任を持って取り組んでほしい」と注文を付けた。

榎本氏らは今、柏市や茨城県常総市など、近隣の自主夜間中学の運営・開設にも協力している。

「一人でも学びたい人がいる限り、自主夜間中学は続ける。フリースクール、公立夜間中学、自主夜間中学、再履修講座など、学びたい人が学ぼうと思ったときの選択肢を多くすることが、豊かな教育の実現につながる」と語った。

(藤井孝良)