~心の声、気付いてよ~ 子供に寄り添うWYSH教育(下)

科学的根拠を持つ予防・支援プロジェクト「WYSH教育」を自ら開発・実践し、自尊心の向上、学力向上、いじめの減少など多角的な効果を出してきた京都大学学際融合教育研究推進センターの木原雅子教授。最近、学校現場からの要望が増えているという性教育と、明日からでも取り組める子供の自尊心を高める実践法について語ってもらった。


心の問題にも有効な性教育
――今、学校現場から要望の多い出張授業のテーマや内容は、どのようなものでしょうか。

ここ最近は、また性教育の要望が増えてきています。

例えば、近年は梅毒の感染者が急激に増えています。梅毒は感染力が高く、キスでも感染する可能性がある病気です。その意味では、性行為以前の交際そのものについて、もっと真剣に考えなくてはならない時代が来ていると言えます。

WYSH教育では、どのようなテーマだろうと、私たち大人が「どんなリスクがあるのか」を教え、子供たち自身が「どうやってリスクを回避するのか」を学ぶスタイルをとっています。

性教育においても、交際することにどれだけのリスクがあるのかを教えた上で、子供たち自身にその後の行動を判断させるようにしています。

――東京都足立区の公立中学校で、指導要領の範囲を超えた性教育を実施して問題になりましたが、学校現場では性教育の指導法について悩んでいる教員も少なくありません。性教育に対する考えや、大切にしていることを教えてください。

私は、集団指導と個別指導を併用すると、指導要領に沿った指導が可能だと考えています。私自身もこれまで指導要領に沿った指導をしてきました。その指導の中で、生徒自身のリスク認知が上がるような情報を与えれば、中高生での性行為開始の容認意識が下がり、将来のコンドームの使用意図率が上がるなど、子供たちは適切な予防行動を取れるようになります。時代が変わっても、同様の効果を上げてきました。

集団指導上の留意点としては、クラスにはさまざまな発達段階(行動段階)の児童生徒が混在しますので、最も性的に不活発、時にはネガティブな気持ちを抱えている子供たちが、気持ち悪いなど嫌な気分になるような言葉や、恥ずかしいと思うような言葉を使わず、マイルドな言葉や言い方をするようにしています。また、どのような子供にも性に関するリスクの情報は将来必要で、必ず聞いておいてほしいことなので、子供たちの気持ちに配慮するようにしています。

また、性教育の授業では、生徒からの質問は無記名でいったん質問ボックスに入れてもらいます。挙手での質問への即答はNGです。質問ボックス形式にすることで、指導要領の範囲を超える質問とそうでない質問を仕分けすることができ、思春期の子供にありがちなウケ狙いの性的に過激な質問を選別することができます。

質問ボックスに寄せられた質問のうち、適切な質問については授業時間内にみんなの前で答えるようにします。指導要領の範囲を超えた質問に対しては、「その他の質問に関しては、後で先生のところにおいで」と、個別に聞きに来るよう促します。こうすれば、行動段階の関心期にある子供は聞きに来るので、そこで個別に指導すればよく、集団指導と個別指導の併用で指導要領に沿った指導が可能となります。

性教育は「発達段階」に合わせて指導することが大事だと言われますが、私はそれよりも「行動段階」に合わせた指導が必要だと考えています。

ちなみに、WYSH教育ではどのようなテーマの授業でも、第二次性徴が始まる小学校5年生以上の場合は、一つのエッセンスとして必ず一部に性教育を入れるようにしています。

――例えば、「いじめ」についての授業でも、性教育を入れるのですか。

いじめの問題にも、その他の心の問題にも、性教育は有効です。小学校高学年以降に起こるいじめや学級崩壊の多くは、第二次性徴による体や心の変化によるものが原因となっているからです。

この時期の子供たちは、「イライラする」「友達に嫌なことを言ってしまう」「他人と比較ばかりしてしまう」「気持ちが落ち込んでしまう」といったことで悩んでいます。「そうなるのは、あなたが悪いんじゃない。第二次性徴のホルモンのせいなんだよ」と話すと、子供はすごく安心するんです。

また、性教育をすると子供たちと先生の距離はグッと近づきます。子供は「この先生はこんな話までしてくれるんだ」と思うのです。

子供たちの心に寄り添ってきた木原雅子教授
子供の承認欲求を満たす「名前ラッピング」
――近年、教員の多忙感は増し、子供と関わる余裕がなくなってきているように感じます。このような状況下でも、子供の自尊心を高めるために教員ができることはありますか。

先生方はただでさえ忙しく、新たなことに着手するのは難しいと思います。そこで提案したいのが、時間をかけずにすぐに子供とコミュニケーションを深められる「名前ラッピング」です。

毎朝、児童生徒とすれ違う時に「おはよう」と声を掛けますよね。その時に、「おはよう、○○さん」と後ろにその児童生徒の名前をつけるんです。そうするだけで、ただの「おはよう」が、自分に向けられた特別な「おはよう」に変わります。

子供たちは年齢にかかわらず、「私を見て! 私を認めて!」という高い承認欲求を持っています。しかし、今は家庭でも学校でも、それが満たされていない子供が多い。「名前ラッピング」で「あなたを見ていますよ」とメッセージを送るだけで、その子の承認欲求が多少は満たされます。

家庭でも、学校でも、大人が子供にかける言葉が、せかすか叱るかのどちらかになっていないでしょうか。先生も時間や余裕がないから、子供の良くないところばかりを見て叱ってしまいがちです。

そうではなく、子供たちの良いところを見つけて伸ばしていけば、良くないところは相対的に小さくなっていきます。良くないところを直そうと躍起になるのではなく、その子の良いところを伸ばそうとする働き掛けこそが大切なのです。

実際に「プチスタ」で作成したプリント
学習意欲と自尊心を同時に高める「プチスタ」
――WYSH教育では、学力面でも効果が出ています。子供たちの学ぶ意欲を向上させるために、どこの学校でも実践できそうな実践法はありますか。

学習意欲が低い子供たちに効果的だったのが、「プチスタ」と名付けたミニ補習でした。

「補習をやろう」と言っても、多くの子供はやりたがりません。そのため、昼休みのたった4~5分でできるようなプリント(A4サイズ)を作りました。問題は子供がすぐに解けて、先生がその場で丸付けできるような簡単なものです。参加は強制ではなく、希望者のみ。ここがミソです。

プチスタに参加した子供は、たとえ0点であろうがとにかく褒めます。プチスタをやっている子は褒められる。それが分かると「私もやってみようかな」と思う子供が少しずつ増えていきます。

また、先生はプチスタを提出した子供と、丸付けをしながら1対1でやりとりができます。採点の手間もかからないし、1日の中でたった数分でも1対1のやりとりができれば、子供は承認欲求が満たされ、明日も頑張ろうと思うものです。

プチスタのような、子供にも先生にも負担感の少ないちょっとした取り組みでも、子供の自尊心や学力向上につなげることができます。

――今後のWYSH教育について教えてください。

WYSH教育に完成というものはありません。なぜなら、子供たちも社会も絶えず変わっていくからです。

子供たちが今、何に一番困っていて、先生方が何を求めているのか。そうした情報を常にキャッチするために、今後も実践とアンケート調査、インタビュー調査を重ねていきます。

社会や子供たちの変化に応じて、WYSH教育も常に変わっていかなければいけない、開発し続けていかなければいけないと思っています。