世界の教室から 北欧の教育最前線(21) エデュ・ツーリズムと視察公害

世界の海外旅行者数は20年間で倍増していて、今後も増え続ける見通しだ。この波に乗じてエデュ・ツーリズム(Edu-Tourism)が拡大している。若者の外国旅行や語学留学、大学などへの留学、研修旅行が盛んになり、教育が新たな観光分野として注目を集めている。


教育視察が街の一大産業に

教員の海外視察も増えている。北イタリアの都市レッジョ・エミリア市では、世界的に知られる幼児教育の現場を見ようと、連日多くの教育関係者が訪れている。いまや教育はこの街の一大産業になっている。

2006年にはロリス・マラグッチ国際センターを設置し、訪問者の受け入れ窓口を一元化した。同市では、教育に支障が出るという理由で、公立の乳幼児センターや幼稚園では見学者を受け入れていない。学校を訪問するには、レッジョ・チルドレンが主催する有料の研修に参加する必要がある。

PISAが生んだ「フィンランド詣で」

OECD生徒の学習到達度調査(PISA)が始まった2000年代以降は、成績上位国への視察が急増した。ヨーロッパの教育界では比較的目立たない存在だったフィンランドが一躍脚光を浴び、「フィンランド詣で」と揶揄(やゆ)されるほどに世界中から訪問者が押し寄せた。

フィンランドでは学校が大きな権限を持っていることから、訪問者は各学校に問い合わせた。殺到する視察者は教育現場に混乱をもたらし、日常業務にも支障が出るようになった。このため、一部自治体では学校間の取り決めを作り、訪問者の受け入れを制限するようになった。

受け入れ制限は、学校訪問を有料化する動きを生んだ。視察対応には訪問者が想像する以上にコストがかかるためだ。

校長や教員が校内を案内している裏では、非常勤を雇って授業を進めている。視察希望の問い合わせへの返事や日程の調整のために、追加の職員を雇っている学校もある。コーヒーや茶菓子の準備も必要で、給食が食べたいと言えば食数を調整する必要があり、イレギュラーな対応にはかなりの手間がかかる。

教員の中には視察者の来訪を学習の機会と前向きにとらえて、英語の授業の一部として子供たちに学校を案内させることもあるが、訪問が頻繁になるとこれも機能しなくなる。これらの問題を解決するために、実費分を訪問者に請求する学校が増えてきた。

観光資源としての教育

受け入れ制限は、一方で視察先をアレンジするビジネスを生んだ。インターネットで「Helsinki」「School Visit」と検索すると、外国からの訪問者を対象にした有料サービスが多数見つかる。

フィンランドでは2010年に政府が「教育の輸出」国家戦略を策定し、教育をNOKIAに代わる産業として育てようという取り組みを行っていて、エデュ・ツーリズムはその主要分野でもある。

ヘルシンキ大学附属学校が訪問や講義を有料にしたり、ユバスキュラ大学などがフィンランド式教育の研修を提供する会社を立ち上げたりしている。フィンランド国家教育委員会も学校訪問を有料でアレンジしている。

学習者の利益を尊重するルール作りを
海外視察は視野を広げる絶好の機会になる

教員が外国の学校を訪問することは、新しい刺激を受けたり、日々の実践を振り返ったりする絶好の機会となる。それは訪問を受け入れる側にとっても同様で、交流は視野を広げたり、新しい可能性を生んだりする。

しかし、受け入れ体制が整っていない現場に訪問者が押し寄せると、意図せざる視察公害が起きてしまう。エデュ・ツーリズムが健全に発展するためには、関係者が納得するルール作りが欠かせない。そこでは、何よりも学習者の利益を最大限に尊重する姿勢が求められる。

(林寛平=はやし・かんぺい 信州大学大学院教育学研究科准教授。専門は比較教育学、教育行政学)