世界の教室から 教育先進国・フィンランド 第7回 フィンランドの英語教育

慶応義塾大学教授 今井むつみ

自然と外国語に触れる言語環境

連載の第1回でも書いたが、そもそもフィンランド訪問を決めたのは、英語教育の秘密を探ることにあった。私の知る限りでは、英語を母語や公用語としない国の中で、世界で最も国民の英語能力が高い国がフィンランドである。フィンランド語は英語から系統的には遠く、言語として英語に似ているわけでは全くないのに、エリート層だけではなく、国民の誰もが英語が達者なのだ。その秘密はどこにあるのか。

第一の鍵は、子供が育つ言語環境だ。フィンランドでは、子供が喜ぶ魅力的なテレビ番組をあまり作らない。しかし、英語の幼児番組はたくさん放送されていて、しかも字幕は付けるが、吹き替えはしないそうである。

つまり、フィンランドの子供たち、特に文字がまだ十分に読めない幼児が魅力的な幼児向けのテレビ番組を見たければ、外国語を何とか自力で理解する以外にないのだ。

このように、フィンランドでは、多言語の環境が当たり前だ。前回は、スウェーデン語をメインにする幼稚園のことを紹介したが、トゥルク市の別の幼稚園や小学校では、アフリカ、東欧、アジア、中東をバックグラウンドとする子供の方が、フィンランド語が母語の家庭の子供より多かった。

幼稚園や小学校ではフィンランド語を学校言語の中心にしながら、子供の母語が失われないように、保護者やコミュニティーを交えてサポートが行われていた。

フィンランドの英語教育成功の秘密は、幼児期から多言語の環境で、大人が必要に応じて言語を切り替えていること、その中で、英語は誰もがよどみなく話せるために、英語は使えて当たり前で、「勉強しなくちゃ」というような気持ちを子供が持たないところにもある。

柔軟で実用的な学校での英語教育

フィンランドでは昨年まで、英語は小学校3年生からだったが、今年1月以降は1年生からに前倒しされる。子供たちは文法は知らなくても、フィンランド語と全く違う英語の音の響きにも耳が慣れていて、その土台の上に、英語が自然な形で導入されている。

英語を取り入れた算数の授業

教科として英語を教えるだけではなく、子供が状況を推測しやすい算数やハンディクラフト、体育などの教科の中でも英語を使っている。

授業は、「さあ、英語を勉強しましょう」という感じではなく、ごく自然に英語を使い、必要に応じてフィンランド語も交えて進めていた。子供はフィンランド語で質問してもよいし、英語による説明を子供たちが理解していない様子であれば、教師はフィンランド語での説明に切り替える、という非常に柔軟なやり方が印象的だった。

英語教育は、英語の授業の中でも、その他の教科での英語使用でも、徹底的にアウトプット中心である。英語の教科書で扱われるシチュエーションは、小学生用でも高校生用でも、その年齢の子供たちの関心事がテーマになっていて、高校生用でも、日本の高校英語のような、関係節でつながれた複雑な構文はほとんど出てこない。文学や専門的な論文でしかお目にかからないような低頻出単語も出てこない。

しかし、扱う語彙(ごい)は豊富で、テーマに関連した単語が紹介され、それに類似した単語もワークで紹介され、それらを使ってとにかく多くの文を作り、自分で話したり書いたりして、アウトプットを繰り返す練習が行われている。

それに比べて日本の高校の英語の教科書は、受験対策のためか、読解が中心で、内容も環境問題や社会問題などかなり高度。難しい単語と構文の英文を苦労して読み解くことに主眼が置かれている印象だ。難しい単語や構文を使って作文する練習があるが、フォーマルすぎて生活やビジネスの文脈のアウトプットには不向きな例が目立つ。

日本は、伝統的に海外の情報を受容し、アレンジすることに主眼を置いてきた。難文の読解中心の英語教育は、その表れなのだと思う。しかし、これからのグローバル世界では、平易で分かりやすい英語をアウトプットしていく力を磨くことの方が役に立つ。日本も新学習指導要領で小学校3年生から英語が始まる。これを機に英語教育を根本的に考え直してはどうだろうか。