校則をなくす発想の源泉 西郷孝彦校長に聞く(下)

携帯電話やタブレットを持ってきてもOK、遅刻しても大丈夫、定期テストはやめ小テストを小分けに行う――。インクルーシブ教育の考えに基づいて、校則をなくすなど新しい取り組みを進めてきた東京都世田谷区立桜丘中学校。さまざまな取り組みを行ってきた西郷孝彦校長に、発想の裏側を聞く。


保護者の反応
――校則をなくしたことについて、保護者から苦情はありませんでしたか?

特にありませんね。何しろ子供が楽しく学校に行っているからだと思います。不登校だからということで、わざわざ学区外から引っ越してきて、うちに転校してくる子もいる。小学校から不登校で全く学校に来られない子は難しいですが、半分くらいの子は来られるようになります。

うちは携帯電話を持ってきていいから、「子供が携帯を買って欲しがって困る」とか、遅刻をしてもOKなので「うちの子が朝起きない」とか、そういう声はありますが、それは家庭の問題ですよね。これを学校の問題というのは、ちょっと違うと僕は思います。

前回お話したように、今年度は定期テストを小分けにする予定ですが、それも別に苦情はありません。なぜこのような方法にするのかということは保護者会で既にお話してあり、どちらかというと好意的に取られています。事前にPTA役員さんに小出しに伝えて反応を見たり、学校運営委員会で出た意見を参考にして、案を修正したりすることはありますが、やめろと言われることはまずありません。

――ここは校則がないから生徒手帳がとても薄いそうですね。業者から「これ以上薄くしないでくれ」と頼まれたとか。

生徒手帳の「桜丘中学校の心得」

いまうちの生徒手帳に載っているのは、「桜丘中学校の心得」という、これだけです。

「礼儀を大切にする」と「出会いを大切にする」と「自分を大切にする」。この三つがあれば、生活指導は全てできます。先生たちには、この心得をよりどころにしてもらっています。

校則の代わりに、「子どもの権利条約」を載せているのもいいですよね。「子どもの意見表明権」が保証されているから、「子供は黙って言うことを聞きなさい」なんて言われても、「いえ、僕たちには意見を言う権利があります」と返すことができる。

人生を楽しむ
――先日は、この学校でCDジャケットの撮影が行われたそうですね。

そう、うちは撮影にも意外と使われています。先日はスキマスイッチが来てジャケットの撮影をしていきました。映画のワンシーンに使われたこともあります。子供たちは映画を見たりして、「あ、これはうちの学校だ!」とわかると、楽しくなる。学校は普段同じルーティンで動いているから、刺激がないとつまらないんです。毎年同じことの繰り返しになってしまう。

――楽しいことに対して積極的ですね。

だって、人生楽しまなきゃ。日本人はストイックで、「楽しんではいけない」みたいな雰囲気があります。楽しんでいると、「なんだ、あいつは?」という目で見られる。特に学校なんて、笑っていると「何をニヤニヤしているんだ!」と怒られる。そんなの、おかしいでしょう?

日本は今、国連の世界幸福度調査で58位です。OECD36カ国の中で、下から5番目。麻薬や銃の乱射がある国よりも不幸なんです。それは当然ですよ、だって「楽しんではいけない」という教育をしているのだから。学校教育が「幸せになってはいけない」という刷り込みをしている。

だからせめて、この学校に来た子には3年間楽しく過ごしてもらって「ああ、人生はこうやって楽しむんだな」と知ってもらいたい。それぞれ卒業したらつらい時期もあるかもしれないけれど、「でも楽しもう」と前を向いていってほしいと思っています。

――この学校にはチャイムもないのですね。いつからですか?

僕がここに来て2年目です。この校長室にもスピーカーがあったんだけれど、うるさいから最初にはずしました。子供たちは大体時間通りにやっています。先生のほうが、「ああ、ごめん、ちょっと遅れちゃった……」と入ってくる。

どうですか、チャイムは好きですか?

――いや、好きかどうか考えたことがありませんでした。でも、なくても平気なのですね。

そう、学校が荒れていたら、チャイムが鳴ろうが鳴るまいが子供たちは教室に入らないんだから、関係ありません。校則と同じで、チャイムもあったところで時間が守られなければ意味がない。なくしてみれば、「ああ、いらなかったんだな」とわかります。

特にいいのが、授業の最後が盛り上がっているときです。どんなに盛り上がっていても、「カンコーン」とチャイムが鳴ると、子供たちは「ああ、もう授業は終わった」という気持ちになる。でもチャイムが鳴らなければ、数分延長してもそのままいけます。逆に早く終わったときは、「まあいいや」ということで切り上げられるし、フレキシブルにできます。

授業に出られない子のスペース
――校長室と職員室前の廊下に、机や椅子が並んでいます。生徒たちがいましたが、何をしていたのでしょう?

教室に入りづらい子は、ここにいていいよというスペースです。先ほどお話したように、うちは不登校で転校してくる子も多くいます。そういう子がいきなり学校に来ても、全部の授業には出られないので、1時間だけ授業に出て、あとはここ(廊下のスペース)で何時間か過ごして、昼ごろに家に帰る、といった過ごし方をしている。

ここがなければ学校に来ないような子たちが、やっとここに来ているんです。来たら来たでいろんな人と話もできるし、ここで仲間とコミュニティーができたりする。そういうのも、面白いですよね。

教職員に「心に怒りをもつように」と話すという西郷孝彦校長

ただ、これは美談だと思ってほしくありません。教育委員会の海外研修でフィンランドに行った先生が言っていたのですが、フィンランドの学校にはこういう場所が、正式にあるそうです。授業に出られない子のためのスペースがあって、きれいな机や椅子が置かれ、サポートするスタッフもちゃんといる。

この廊下は、冬は気温5℃、夏は34℃ですからね。なんと貧しいことか。こんなにも教育にお金を使わない、子供を大事にしない国を、なんてひどいんだと思ってほしい。大体、一つの教室に40人も子供がいる国なんて、世界でどれだけあるでしょうか。

――教職員には「心に怒りをもつように」と話されているそうですね。

そうですよ、僕なんかいつも怒っています。差別や貧困などに対して、やっぱり怒りをもってもらわないと。例えば、どの学校にもLGBTの子がいるはずです。本人がカミングアウトしていなくても、見ていてわかることもある。そういった子がこれから苦労していくことを考えたら、やっぱり「差別はいかん!」という怒りをもっていないとダメです。

(先を生きる取材班)

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