(鉄筆)東日本大震災から10年……

東日本大震災から10年。2011年3月11日。都心の3階の職場。突然の大きな揺れ。棚の引き出しが飛び出してくる。どこかで大変なことになっていると直感した。戻ってテレビを見ると、津波が全てのものを押し流しているすさまじい光景が目に入った。

5時間かけて歩いて帰った。道路は車が渋滞、徒歩で帰る人の列が車道にもあふれている。その後の余震の怖さは背中がいまだに覚えている。

新聞などが改めて当時の状況を伝えている。宮城県石巻市の相川地区の人々が危機に立ち向かう姿の紹介が目を引いた。集落が津波にのまれ、高台にある4月開所予定の保育所に集まった住民は着の身着のままの高齢者ら200人。しかも孤立状態。

離れた空き地に昔を思い出してトイレ用の穴を掘る。2キロ先の山奥から湧き水を引く。その水を使い養殖用ワカメをゆでるタンクとボイラーで共同風呂を作る。がれきで作ったかまどで御飯を炊く。食料は津波を逃れた人々が米や調味料、漁師が冷凍庫にあったホタテなどを提供。この間1カ月、満足に支援物資が届かない状況で安否が心配されていた。

ところが支援に入って喜ばれたのは物資ではなく、東京から持ってきた文庫本の小説や絵本だったという。市街地の人々がトイレにも困って右往左往する中、人が生きるために必要な技能とは何かを見せつけられたという。「生きる力」「確かな学力」が重視される昨今、「生き延びる力」「生き残る力」にも目を向ける必要があるのではないか。わが国は世界でも第1級の災害大国なのだ。