(学校図書館に寄せる思い)知の象徴となれ

玉川大学学長 小原芳明

 

私が朝から晩まで(24時間週7日)の英語漬けの生活を始めたのは1963年、17歳の時である。学校の名前はThe Roxbury Latin School(RLS)。「1645」とその門前に掲げられていた数字は、学校の所在地を表示する通り番号だと思っていた。10年生へ編入した頃の英語力では、その数字の意味を質問する力もなかったし、他の生徒たちは当然のこととしてその数字について話しはしなかった。そうしたこともあって数字の意味を知ったのは入学して1年もたってからであった。

実は1645年創立の学校だが、それを信じることはできなかった。その年数は日本では考えられない年代に設立された学校だったからである。説明によると1635年に創立されたハーバード大学へ子どもたちを進学させるために1645年にRL(7~12学年制)が設立された。もう一つのBoston Latin School(BLS・公立学校)はRLSより数年早くに創立されたとのこと。細かい話になるが、アメリカ独立戦争のさなか、大砲轟く中で本校の生徒たちは粛々とラテン語の授業を受けていたが、BLSは休講処置を取った分、RLSのほうが永続年数は長いと、私たちは誇りとしている。

それだけ歴史のある学校なので、蔵書もそれなりに古い時代からのものも多くあった。学校の図書室は通路を挟んで「コ」の字に書棚が配置されていて、6人掛けの円形机は三方を書棚に囲まれるように配置されていた。全部私の英語力では理解しきれない内容の書籍であったが、A3判ほどの皮装丁の図書が威風堂々と書棚に鎮座している様には圧倒された。

11、12年生ともなると自習時間(Study hall)が設けられており、生徒たちは図書室で各自の学習を行なった。当時の図書室では黙々と学習するスタイルであった。今で言う共同学習とか議論型(PBL)ではなかったが、その頃から生徒たちは自発的に議論をしながら課題に取り組んでいた。そこは高校生、息抜きに大いに駄話もしていた。

歴史の先生が図書室の奥に研究室を構えていたが、この先生は図書室では黙々と学習スタイル派であった。よく「ボーイズ、うるさい。静粛に学習するか外へ出ていけ」と私たちを叱っていたのも懐かしい図書館の思い出として残っている。彼は校則厳守派であったので、生徒たちから恐れられていたのも図書館にまつわる思い出である。勉強は教室だけで行われるのではなく、学校の図書室でも行われるとは、当然のことである。しかし、私はRLSで学校生活を通じてそれを身に付けた。

それはまた大学での学修に大いに役立った。それは学校が「子どもたちを大学に進学させるのに必要な知識と学習の術を教える」のを理念に据えている成果であると考えている。その観点から多くの欧米の大学と学校のキャンパスに立つたびに、知の象徴としての図書館が目につく。本学園でもStudy areaとしての機能をより一層充実させて、これからもRLSに劣らない学校図書室づくりを心掛けたい。

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