(学校図書館に寄せる思い)図書館の昔とちょっと昔と今

全国小中学校環境教育研究会会長 國分重隆

 

昭和28年、学校図書館法の制定以来、学校図書館は学校教育の充実を目的として存在しつづけてきました。でも、昭和31年生まれの私の小学生時代は、当時の児童数に対して図書室は決して充実しているとはいえない状態でした。

平成5年度から平成24年度までの学校図書館図書整備費は3千億円以上。この金額を多いと見るかどうかは別として、図書文化を国も大事にしていると思います。

「いーな!」。少年時代の私の心が叫びます。

学校図書館は「学校の知の拠点」とよくいわれます。私が小学生のころは、テレビがやっと普及してきた時代で、知の吸収源の主流は、まだラジオ、新聞、そして本です。

そんな時代の図書室は、学校でも教科書以外に活字に出合え、知識を吸収できる貴重な空間でした。図書室「昔」=知識欲をかき立てられるけれど満たされない、それでも行きたい場所。

わが学級にも学級文庫がありました。でも、ほとんど1年中本棚の中身は変わりません。本が増えるとき、それはたいてい誰かの家で読み古した本が2度目の命を得て輝くときです。「じゃんけんだ」「くじだ」。その本をめぐって、子どもたちの争奪戦が2、3週間は続きます。一方、児童数や学級数が多かったためか、図書室に行けることはそうそうありませんでした。

小学生の私は、「今日は図書室で読書」と聞くだけでワクワクしたものです。当時、図書室は子どもたちの知識欲をかき立てる場所でした。しかし、そこには本の種類も数も少なく、その欲求は決して満たされません。それでも、なぜかまた行きたくなるのです。

図書室「ちょっと昔、そして今」=問題解決の拠点であり、心の安らぐ場所に。小5のとき、『ファーブル昆虫記』が読みたくて貸本屋から借りて読んだ次の日、図書室の書庫に新たにそのシリーズが並び、ショックを受けました。そのころから図書室の本のジャンルは、徐々に増えたはずです。しかし、図書室を使った調べ学習となると、記憶がありません。

30年前、教師の私は社会科で問題解決学習を行いました。子どもたちは学習問題の解決のため、グループの予想を切り込み口に、調べる活動を重ねました。そんなとき図書室は、子どもたちの問題解決の拠点になります。放課後の図書室で、調べた結果の発表に向けて本を並べ議論をするグループもありました。

図書室は、調べ学習のセンター的役割も担ってくれました。そして今、朝の読書の時間の図書室から、図書支援員の声が聞こえてきます。子どもたちの大好きな読み聞かせの時間の始まりです。読み聞かせ後の子どもたちの表情は、皆穏やかです。授業中、教室にいられず図書室に逃げ込んでくる子どももいます。図書支援員はそっと見守ってくれています。

子どもは本を手にとり、自ら心を静めます。これからの時代の学校図書館には、子どもたちに心の安らぎや癒しを与えるセラピー的機能も求められるようになるでしょう。

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