(学校図書館に寄せる思い)教師の原点となった物語

元横浜市立小学校教諭・初任者指導アドバイザー 野中信行

 

『佐賀のがばいばあちゃん』の舞台になったA小学校。私もまたその小学校で少年時代を送った。A小学校は、佐賀市の中心地にある小学校で、佐賀城登城門をそのまま校門に使っていた学校であった(今は中学校の敷地へ移転している)。

『がばいばあちゃん』の主人公の洋七少年は、私の3年下になる。共に同じ年代にA小学校に通っていたわけである。『がばいばあちゃん』も、同じ町内に住んでいたのである。

3年生のときだ。担任のB先生が都合で学校を休まれた。隣のクラスのK先生が代わりに補教に来られて、私たちに話をしてくれた。その話の面白かったこと。今でもそのK先生の仕草や顔つきを鮮明に覚えている。

K先生は、その話で私の心をわしづかみにしたのである。その話が実は『アリババと40人の盗賊』という本だったのは、後で分かったのであった。

K先生の話に影響を受けて、それからA小学校の図書館通いをするようになった。それまではほとんど本とは無縁の生活だったのに、いつのまにかK先生は私を本の世界へと引き込んでくれた。

そのA小学校の図書館は、小さな学校の運動場ほどの広さだったと記憶するくらいに、とても大きなものだった。学校帰りに、毎日のようにそこへ立ち寄り、しばし本の世界に浸るという生活を繰り返していた。

お姉さん先生(今で言う学校司書)がいつもいてくれて、さまざまな本の相談に乗ってくれた。この時代に(私は昭和28年から34年まで在籍していた)、学校司書がきちんと図書館に配置されていたというのは驚きだ。

だが、1クラスが55人程度、それが十数クラスあったのだから、A小学校は数千人規模の学校だったわけである。実際に学校司書がいなくては、図書館運営は成り立たなかったのかもしれない。

私が教師になっても、K先生の記憶はずっと心に残り続けた。K先生と同じように、子どもたちに話をしたり、本の読み聞かせをしたりする取り組みを続けた。教師生活37年間を担任として過ごしたが、ずっと続けたのは、本の読み聞かせだった。

K先生の1時間の話。そして、A小学校の図書館での生活。この記憶が心の中にずっと残り続け、教師生活の原点を形づくってくれた。

定年退職をしてもう8年が過ぎた。小学校時代の記憶はいつまでも新鮮だ。『がばいばあちゃん』の舞台のA小学校で、そのかたわらに、私の小さな「物語」はこうして生まれた。

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