教科書の日 教科書の魅力

東京都武蔵村山市立小中一貫校大南学園第七小学校長 小野江隆

 

学んだという記憶そのものに

小学校の時、教科書は学問の入り口であり、様々な知識や知恵の宝庫であった。大好きな文学作品があると、何度もそのページを開き、読み返したし、詩は声に出して読んだ。音読は理解の助けになり、いつまでも声に出して読むことがあった。どの学年でも、学期のはじめには決まって教科書が配られ、手にした時の新鮮さは、何時も蘇ってくる。その内容だけでなく、インクのにおいや教科書の重みも皮膚感覚で蘇る。教科書を手にするということは、ある意味一種の学校に通い勉強をする心構えや尊厳に近いのかもしれない。

今、教師という立場になり、改めて教科書に向き合い、教科書を使って指導する立場となった、教科書が意図的な配列や内容の提示の工夫、題材の精選により、子どもの興味関心を引き出し、学習効果を高めるための工夫が凝縮されているのがわかる。内容はミニマムエッセンスで、学問の系統的な配列がされている。教師とってこれほど信頼性の高いものはない。さらに、時代ととともに変化し、時代の求める教育のニーズを敏感に感じ、学び方を意識した発展的な編集へと編成しているのがわかる。子どもの根源的で潜在的な能力に迫り、主体的で能動的な学びを意識させ、子どもにどんな力をつけていきたいか直接問いかけ、働きかけ、あるいはきっかけづくりをするための「しかけ」が織り込まれている。

最近、ふと、なんと教科書は丈夫なんだろう、何度ページをめくっても破けない…、と感じた。重さや字の大きさ、字体、手に取ったときのしっくり感、そんな一つ一つの配慮をとってみてもそこには、教材としての価値とともに、モノづくりの価値も教科書にとっての魅力なのではないだろうか。
教科書で時代を読むこともできる。時代の流れを。学ぶべき対象は、児童生徒であっても、その根源的な魅力のある書物は、大人になっても振り返って読まれる学びのパートナーであり、確かに学んだという記憶そのものになりえるところが魅力なのかもしれない。


 

東京都教職員研修センター教授 税所要章

 

持続可能な視点が盛り込まれる

最近、小・中学校の学びのつながりを重視した中学校技術・家庭科の家庭分野第1学年の「衣生活・住生活と自立」の授業研究があった。導入で小学校の「快適な衣服と住まい」の学習を振り返り始めると、生徒たちから口々に懐かしいという言葉が飛び出してきた。それは、教師が手に取っている教科書の表紙を見ての声であった。

生徒は小学校で学んだ教科書に強く意識付けられ、スムーズに中学校の学習へと進んでいった。小学校の教科書の表紙が、学んだことを思い出すきっかけになったのである。生徒の小学校で日々学んだ教科書への思いを実感する場面となった。

一方、教師にとっては、この単元の授業の組み立てのために、教科書が小学校と中学校の学習内容の系統性と連続性を確認しながら接続するための大きな働きをしてくれていた。このように、教科書は児童生徒だけでなく教師にとっても、かけがえのないものである。

私は、現在、技術・家庭科の授業力向上に携わっている。この教科は実習が多いため、教科書の使用が少なくなりがちである、なるべく各時間で短時間でも教科書を使用するように教師たちに説いている。

それは、教科書が独りよがりな指導を防いでくれるからだ。教科書は、学習指導要領に則って作られている。指導内容はもちろんであるが、用語一つをとっても、コンピューターやデジタルは、学習指導要領、教科書では、コンピュータであり、ディジタルである。

それだけではない。学習指導要領では、どの教科にも、これから必要とされる持続可能な社会の構築の観点が盛り込まれている。教科書にはその趣旨が生かされており、明るい未来の担い手を育む教育のための大きな架け橋の役目を果たしているのである。

普段、当たり前の存在になっている教科書だが、教科書の大切さについて、「教科書の日」を機会に、改めて考えてみることも、指導のねらい・内容の確認、授業改善につながることと思う。

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