【連載】ESDの魅力 その1 日常を見直す自覚から始める

横浜市立永田台小学校長 住田昌治

 

「ESDって何?」。よく聞かれる。もちろん説明されている文献もある。中には分かりやすく説明しますと書いてありながら、ますます難しくしている文章も散見される。

日本においては、教育振興基本計画や学習指導要領にESD(持続可能な開発のための教育)が盛り込まれているわけだが、その認知度はまだまだ低い。国連ESDの10年が終わり、セカンドステージとしてグローバルアクションプログラム(GAP)で進めることになってはいるが、知っている人は少ない。しかし、昨年9月に国連で採択された「持続可能な開発目標:SDGs」が話題に上り始め、ESDへの関心も高まってきた。

ESDを分かりやすく、シンプルに伝えることができないだろうか?
ESDに挑戦し始めて7年目。独自の切り口で取り組みながら、その魅力を「変容」として捉え、実感したことをお伝えしていきたいと思う。

そもそも「持続可能な」という言葉が使われるようになったということは、未来を生きるのを阻害している何かがあるということだ。その未来とは、子の時代か孫の時代か、すでにその時代は始まっているのかもしれない。一寸先は闇とまではいわないが、考えてみるとこのままで大丈夫なのかと思う問題はたくさんある。まず、ちょっと立ち止まってそれらを考えてみることから始めたい。
自分の生活の中ではどうだろうか。もちろん今置かれている環境によって全く違う。国によっても地域によっても全く違う。

まずは持続可能性(※)の問題を自分事として考えてみるのが肝要だと思う。

例えば、東日本大震災や熊本地震の被害の大きさを見て、防災・減災について考えるようになったり、地域のつながりを見直したりし始めたことだろう。病気を患っている人は、その病気や医療、薬等について考えるかもしれない。高齢化や認知症、介護の問題も切実だと思う。仕事に行き詰まっている人は、今抱えている問題の解決について考えているだろう。もしかすると、仕事を続けようかどうか迷っているかもしれない。いじめに苦しんでいる人は、明日から学校(職場)に行こうかどうか悩んでいるかもしれない。季節外れの暑さの中、潮干狩りに行って熱中症にかかって生死をさまよった人は、温暖化について考えたかもしれないし、日よけや休憩、水分補給について考えたかもしれない。プラスチックごみや手つかずで捨てられる食品の多さを見て、消費や生産の問題に目を向けている人もいるかもしれない。

気候変動についた調べた永田台小児童の作品
気候変動についた調べた永田台小児童の作品

数え切れないほどの日々起こるさまざまな出来事が、持続可能性に関わる問題なのだ。学校ではどうだろう? 職場ではどうだろう? 家庭ではどうだろう? 地域ではどうだろう?

私の持続可能性を阻害しているのは何か。そして、私たちの持続可能性を阻害しているものは何か。地球の持続可能性を阻害しているものは何か。まず、考えてみよう!

※持続可能性(サスティナビリティ)=何かの物事について、現在から将来にわたってそれを持続することが可能であるという概念。

関連記事