(鉄筆)新卒教員時代の小学校を……

新卒教員時代の小学校を久々に訪れる機会があった。古くはなったが当時のままの校舎を眺め、昭和40年代前半の若かりし頃の懐かしい思い出にしばし耽(ふけ)った。

事情があって2時間もかかる遠距離通勤、毎日始発のバスに乗った。放課後は、残務整理の後、三々五々職員室に集まり情報交換、時にはバレーボールなどの練習、その後の校長室での反省会、それが終わって明日の授業準備、学校を出るのが午後9時を過ぎることもあった。今なら、長時間勤務で問題になりそうだが、懐かしいことばかりで、つらいとか苦しいという思いはほとんどない。

作詞家の阿久悠氏は、その著『清らかな厭世―言葉を失くした日本人へ』(新潮社)の中で、「ある時代を懐かしむことはその時代が人間にとって呼吸しやすかったからである」と述べている。筆者の新卒時代の学校生活は、毎日、管理職や先輩、同僚との触れ合いの中で「呼吸しやす」く、生き生きとしていた。

一方、年齢的に中堅となって異動した3校目の学校は、懐かしい思い出はあまりない。他校からは研究発表を毎年のように行う名門校と思われていた。内実はやらされ感が強く、教員の連帯感は希薄で、笑い声さえ出せないような雰囲気。早く帰ることに罪悪感さえ抱かせる学校だった。

月45時間、年間360時間を上限とする教職員の働き方改革が進行中である。その実現もさることながら、全教職員が共に支え合い、楽しく、生き生きと活動する「呼吸しやすい」学校をどう作るか、管理職の力量が強く問われているのではないだろうか。