(円卓)禁止教育ではない情報モラル教育を

聖心女子大学非常勤講師 榎本 竜二

学校でも家庭でもネットの利用は拡大し、子供たちのスマートフォン所持率も年々増加している。対して学校や家庭の指導はどうなっているのかというと、繁華街や河川敷に「危険だから近づくな」というのと同じような禁止教育が行われている。

「持つな・持ち込むな・使うな」では、耳に痛い聞きたくない内容なので、普段問題のない子だけが従う、意味のない指導となってしまう。

ネット利用を忌避してもなくなるわけではない。きちんと利用すれば、世界中とつながり新たな知を生み出すこともできる。教育にも恩恵をもたらすはずだ。

ネットの情報もうそだけが書かれているわけではないし、間違った情報も悪意のみで載せられているわけでもない。ただ、自分が信頼できる相手であっても、常に正しい情報だけを取得できているわけではない点には注意が必要である。

同じく、ネットであろうと現実であろうと、人が集まる場所では異論や反論が人格攻撃に結び付いてしまうことがある。覚えられそうにない難しいカタカナのテクノロジーが問題を引き起こしているのではなく、子供たちの場合はコミュニケーション不全が起こす問題の方がはるかに多い。

見ず知らずの相手であっても、クラス内では好感を得られないような自分の好みを肯定してくれれば信用してしまう。友達同士であっても、顔を突き合わせていないので、辛辣(しんらつ)な言葉を書き込むのに抵抗が少ない。

さらに「自分は悪いことはしない」と思う子供は、無関心のままである。「知らない」ことで、自分が傷つき相手も傷つけ、「傍観者」であることで問題が拡大していってしまうのである。

単純に危険な場所(サイト)に行くことや行為を禁止する教育ではなく、なぜなのか、どのようなことがあるのかを論理的に説明するのが大切である。そして、それは技術的なことではなく、人の気持ちを大切にする、文字だけで自分の思いを伝えるのは難しいといった、当たり前の日常の生活指導にすぎない。

「何々をしない」ではなく「何々をする」「こうする」といった、よい方向や行動を示す情報モラル教育を学校や家庭を問わず、広げていく必要がある。

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