(鉄筆)仙台市立荒浜小学校を……

仙台市立荒浜小学校を7年ぶりに訪れた。整備されて震災遺構となり、管理事務所の方が案内してくれた。

周囲は居住地域でなくなり、現在も整地が進行中。遠目に見た荒浜小の姿は通常の4階建ての校舎で、3階のベランダには「ありがとう荒浜小学校」の横断幕が張られていた。近くに寄ってみると2階の津波が届いた高さに印が付けてあった。校舎は学校の規模を超えて4階建ての頑丈な耐震造りであったので津波に持ちこたえたとのこと。校舎の中に大きく掲示された写真から、津波で流された家々の残骸や自動車が何台も重なって廊下に埋まった様子を見て津波のすごさを実感した。

展示室の17分間の映像は、14時46分の地震発生から27時間後の避難者(児童、教職員、住民ら320人)全員の救出までを映し出す。当時の校長や町会長などへのインタビュー、消防ヘリによる救出などを生々しく伝えている。

地震発生時は避難計画通り校庭に避難。その後、寒さを避けるため体育館に避難。しかし、校長は津波が寄せるのを見て、間一髪で校舎に戻し、屋上まで逃げ延びた。体育館は津波で破壊された。もしここにいたらどうなっていたか。教師たちは屋上で周囲の状況を子供が目にしないよう車座になるように指示した。教師たちは内心「これで終わりか」と思ったという。

映像の終わりは、在りし日の荒浜小での町内対抗運動会の様子を映し出していた。人々の笑顔、明るくにぎわう校庭。あの日、これらが一瞬にして失われた。現地に赴き実際に見聞する大切さを実感した。忘れてはならない。