(円卓)岐路に立つ英語教育

東京大学名誉教授 市川 伸一

英語教育には多くの方法論がある中で、わが国では1990年代が大きな転換期となった。

「中高大と10年間学んでも、英語を話せるようにならない」という批判から、口頭によるコミュニケーションと使用場面の重視という方向にかじを切ったのである。

実際、このとき教科書の構成や内容も大きく変化した。

それまで、受験に向けた文法訳読に偏っていたのは問題もあったが、一気に、文法・発音などの直接的な指導を否定し、「慣れさせる、気付かせる」という、かなり極端な方針が主流となった。

さらにその後、英語の授業は英語で行う「オール・イングリッシュ」を高校・中学に対してトップダウン的に求めるようにもなっている。

もちろん、これらの方向を後押しする教育方法論もあるわけだが、実は英語教育の研究者や実践家の間でも大きな議論になっている。

学校教員からは、「負担が大きく、効果的かどうか分からない方法を押し付けられている」という声があり、生徒からは、「英語は、訳の分からないことをひたすら暗記する教科」と言われる状況にもなっていた。

そのような折、今年度初めて、全国学力・学習状況調査に中学校英語が入ったことで、この30年間の英語教育が評価される形となった。

文科省から7月に公表された結果は驚くべき低さで、特に、話すこと、書くことといった表現力の弱さ、その背後にある文法的な理解不足が指摘された。

コミュニケーション活動の重視はよいとしても、極端な方向に振れた教育方法論が日本の環境や中学生という年齢に適しているのかどうか再検討するときだろう。

もとより、中教審答申や学習指導要領ではそれほど偏って書かれていないことが、増幅されたり歪(ゆが)められたりして学校現場に届いているようにもみえる。

参考になるのは、教師が教えることを抑制して「学力低下」と言われた時代から、習得・活用・探究や、教授と活動のバランスを重視した「脱ゆとり」にシフトして、国語や算数・数学の学力は大きく回復し、地域間格差も縮小している点だ。

英語教育の「脱」はどこへ向かうのか。実証と実践に基づく教育政策が期待される。