(円卓)学校からの悲鳴?

玉川大学客員教授 小澤 良一

公立小学校校長を退職後、大学で教員養成を担当している。その関係からか、校長在任中の所属校の教員、現在は校長、副校長から、教員の休職に伴う代替教員の依頼が多数舞い込むようになった。

都道府県教委や地教委の講師名簿について尋ねると、「あるにはあるが…」と歯切れの悪い返事。該当者を紹介するとしても通学課程卒業生か、通信教育課程で非常勤職に就いている学生か、いずれにせよ初めて教壇に立つ者しかいない、と話すと「結構です。学級担任がいれば…」という。複雑な思いを抱えながら依頼を受諾した。

依頼と同時期に、教育実習の指導を複数の公立小学校で担当した。全ての学校で休職者がおり、副校長(教頭)が学級担任になっている状況であった。教育実習の校内での推進や調整役は、校長が担っているという。

実習校の校長の話に、さらに驚いた。「どの学校にも休職者などがいる。ほとんどの副校長は担任ではないか」「全学年20学級に満たない学校で4人休職、校長も担任を務めている」などという。淡々と話す校長の姿に驚き、同時に敬服すらした。

教員の休職の背景にはさまざまな状況や原因があろう。しかし、病気に関わる休職については、小学校教員が置かれている職務の特性が一因としてあるのではないかと考えている。

小学校では原則、全教科・領域を指導する。また、学級担任としてほとんど全日指導する。来年度からは、外国語(英語)の指導や「主体的・対話的で深い学び」による学習活動が全面実施される。現場では、学習や生徒指導に対する戸惑い、疲れ、疲弊が危惧されているのだ。

「主体的・対話的で深い学び」は、実証主義的な知識観から構成主義的な知識観への転換、資質・能力の育成を学びの中核に据えた転換など至極当然の内容である。

しかし、ここでも「しかし」である。学びの転換を図るためには、教師は子供の見方や考え方に対応できる複数の指導過程、複数の教材をも構想しなければならない。それを支える研修や人的、物的、財政的な支援など、学びの転換が実現できる行政施策が期待される。

代替教員などの依頼は、「各学校での懸命な努力も限界です」という「学校の悲鳴」にも聞こえる。

(文科省学校業務改善アドバイザー)