(円卓)「新しい日常」で教育は変わるか

日本酪農教育ファーム研究会会長 國分 重隆

新型コロナウイルス対応で、仕事の在り方も多様化した。緊急事態宣言が解除され、ここからが「新しい日常」の本番。新しい日常で、学校教育も大きく変化してしまうのか。

小学校は、新学習指導要領の全面実施のこの年、やる気いっぱいで提出した教育課程の変更を余儀なくされた。

個人的には、OECDの「図表でみる教育2019年版」で教育への公的支出が最下位のわが国の教育が、コロナを機に予算が増え、教員の多忙さが解消されるのではと期待した。

家庭学習の推進、リモート授業の導入――。響きはいいが、そこには、経済的格差をはじめとする家庭環境の違いによる影響と、その配慮のために動く教員の忙しさが見え隠れする。

私が主催する研究会では、この機会にリモート会議を取り入れた。弱小全国組織の当会にとって、わずかな経費で全国会員の表情を見ながら会議ができるという、画期的な手段だ。以後、会議はこの形に変え、合理化を目指す。

この機に学校教育の中での合理化を進めようという声も聞く。価値が伴う合理化は大賛成である。しかし、方策に悩み、大した助成もなく、予算化の優先順位を再検討せざるを得ない無駄な時間と労力を費やす合理化は、教職員の多忙さの増大を招く。

ワクチンの開発でもない限り、コロナから抜けられない新しい日常。今、教職員の負担軽減に直接つながる合理化を進めたい。しかしながら、教育現場では、子供が帰った後の教室の消毒、登下校の際の校門での健康チェックなど新たにルーティン化しそうな担任の仕事がコロナを機に増え、忙しさがエスカレートしている。合理化どころではない。7月に入っても、1日の感染者数の増加が止まらない中、学校の苦悩は続いている。

「笑顔は神が人に贈った最高の贈り物」という。笑顔に満ちた教室の醸し出すアトモスフィアの中で、ぬくもりを感じながら師弟や仲間で紡いでいく授業。マスクに隠れた子供の表情も、まなざしから読み取り、思いを受け止め、教師の思いをつなげていく。

この伝統技が生きる空間だけは、新しい日常の中でも守らなければならない。

(東京都教職員研修センター研修部授業力向上課東京教師道場教授)