(鉄筆)古い認識を改めて……

「今まではクラス全体を相手に、クラスの真ん中あたりを狙った授業をやっていて、落ちこぼれてしまった子供は分からない、進んでいる子供はぼうっとしている、ということが多かった」。河野太郎行政改革相が「秋の行政事業レビュー」後の記者会見で説明した一説だ。

この認識を校長や教師はどう受け止めるか聞きたい。(1)まったくその通りだ(2)そのようなところも一部にみられる(3)そのような状況はまったくない―の三択。(1)であれば、その学校はとんでもない状況。(3)は教育の質の高い学校であり、どの学校も目指している。現状多くは(2)ではないか。

このような認識が問題にされたこともあった。「世界に冠たる日本の一斉授業」とはそのようなものではない。授業の目標は「おおむね満足する状況」を目指しながら指導を組み立てつつも、「十分に満足する状況」にある子と「遅れがちな状況」の子供への対応・手だてをそれぞれ進めてきた。

若手は先輩を見て学び、改善し、子供のために頑張ってきた。学習指導要領では、「個に応じた指導の充実」を1989年から「指導計画作成等に当たって配慮すべき事項」に示し、それ以前からも含めて「協力的な指導」「発展的な学習・補充的な学習」などを推進してきた。すでに30年以上経過している。

古い認識をぜひ改めてもらいたい。大臣の認識として現場は失笑していることだろう。大臣の「学校ICTによる教員削減」と「教育現場のICT環境整備」は切り離すべきとの考え方は諸手を挙げて賛成で、それだけにこの認識は残念である。

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