(円卓)共通テスト実施から「世界史」を考える

広島大学附属高等学校教諭 藤原 隆範

筆者の大学受験は「共通一次」元年の1979年(昭和54年)。90年(平成2年)から「センター試験」に、今年から「共通テスト」へと変わるが、筆者は高校現場で「世界史」教員として入試に関わってきた。その立場で、今回の「共通テスト」の「世界史」についてコメントしたい。

暗記科目の代名詞とも言われる「世界史」。暗記教育からの脱却を常に迫られる「世界史教育」。小中ですでに学び、高校で3度目となる「地理」「日本史」に比べて、多くが高校で初めて学ぶ内容で、また、用語の多さが学習の障壁となってきた。なじみの薄い多くの知識を覚えることを余儀なくされ、必修科目でありながら「センター世界史」受験者は、「地理」「日本史」の約半分であった。

「共通テスト」は、覚えている知識の多さより、思考力・判断力などを問う。今年の「世界史」問題は、この命題に対して真摯(しんし)に取り組まれた、そして「世界史」を学ぶ者、教える者に対して「世界史」学習の意義や価値の再考を迫る、良問であったと考える。従来、リード文や資料と設問との間につながりを欠くことが多かったが、見事なまでに解消されている。受験生はリード文を丁寧に読み、資料を丹念に読解しないと、知識の想起だけでは正答に至らない。また、正誤を判別するために使用される用語も、細かいレベルでの峻別を求めておらず、用語の精選という点からも好ましい出題といえる。

「共通テスト」は教育改革の一里塚である。2022年度より高校で実施される新学習指導要領の下、授業改革につながることが期待されている。「世界史」だけで言えば、大きな懸念材料がある。必修「世界史」は今年4月入学の高校生で終焉(しゅうえん)を迎え、新課程では「世界史探究」が3単位の自由選択科目となる。現状、「世界史」受験生の多くは、必修「世界史A」+選択「世界史B」の6単位履修であるが、新課程では半減する。「探究」の手法を学べば、授業で学ぶ時間は減っても、生徒が「主体的・対話的」に学びを続け、結果的に「深い学び」になると想定されている。

多文化共生社会の下、小中高で一度も体系的に「世界史」を学んでいない日本人を輩出することも予想され、「世界史」教員として強く危惧するところである。

関連記事