(円卓)ESD・SDGsに込められた「価値」

大阪府立大学教授 伊井 直比呂

今、国際的にも国内的にもESD・SDGsの話題は花盛りであり、企業も既存のCSRとCSV(Creating Shared Value)をSDGsの観点から捉え直している。企業や学校視点のESD・SDGsではなく、日常視点でESD・SDGsを捉えてみたい。

子供たちは人類の命のつながりの一番前を歩んでいる。500万年前にさかのぼる人類の命の最先端である。その命は未来につながる大切なものだ。人類の一番前を歩む若い命が輝く時はどのような時か。いつの時代も自らの命が大切にされ、自己の価値と将来への期待が実感できる時だろう。

日常生活で私たちは、子供たちの期待を育んでいるだろうか。最近は、「地域」というキーワードがよく使用される。地図上の地域は一つでも、そこには年代や家族構成によっていくつもの「地域」が重層的に存在する。子育て世代の若い年代で形成される「地域」、活力にあふれる中高生やその家族層の「地域」、高齢者世帯が多い「地域」などである。これら「地域」に潜む世代間の課題がある。

例えば、地域の公園では「〇〇するな!」という看板が立ち並び、子供のボール遊びを「禁止」するなど、社会的弱者で「発達」という地位にある子供に被抑圧的な我慢を強いたり、利用可能性を奪ったりするようなことが目立つ。子供たちは自分たちを迷惑な存在だと認識し始めているのではないだろうか。

一方、京都・嵐山の方から次のようなことを聞いた。有名な渡月橋は1934年に架け替えられた。当時バスが走り出したので構造的に頑丈でなければならず、橋脚部分は鉄筋コンクリート製で建造された。しかし、その構造は橋の近くに行かないと分からないほど、まるで木造の橋脚かのようなデザインで仕上げられている。おかげで、当時は遠い未来であった現代に嵐山の意味や価値が失われることなく伝えられている。

建設時にあえて負担の多い方法で設計・建築をした選択は、将来の価値を考えてのことに違いない。当時の人々の「未来への配慮」が、幼少の頃からずっと誇りになっていたそうである。将来嵐山で育つ子供たちや訪問者に対して恥ずかしい思いをしたくない。そのような子供や次世代への心遣いが、世代を超えて地域の誇りを引き継ぐことになっている。