(円卓)総合的な学習の時間がもたらすもの

前放送大学客員教授 梅澤実

 総合的な学習の時間(以下、「総合学習」)が導入され20数年たった。コロナ禍の中、「総合学習」は、さまざまな困難を乗り越え実施されている。

 学習指導要領改訂(2017年)に際し、総合的な学習の時間の学習活動として探究のプロセスに取り組んだ児童生徒ほど各教科の正答率が高い傾向にあるというデータがある。そこでは、どのような学びが生成されていたのか、参観させてもらった学校の実践から考えてみる。

学びの風土の醸成

 教科学習では、学習者の主体性の大切さを思いながらも、教師の設定した目標に誘導してしまうことは少なくない。学習者はそれを敏感に感じ取り、教師の意図に合うように学習課題を設定するようになる。

 しかし、「総合学習」では、自らの課題であると意識し、解決したいという願いをもって追究し、得られた自分の考えを他者に伝えたいと願う。さらに、自分の考えを発信し、そこで議論が起こる。こうした一連の活動を通して学習者は、社会につながるということ、協働で学ぶということを体感し、自己の存在感を伴った学びが生まれる。

 それは同時に「総合学習」で使用した教科学習での学びの有効性を実感し、教科学習が「総合学習」を支える学習であることを学ぶ。学習者の中で、指導(教わる)と自らの学びが融合され、指導が自分事としての学びとなる土壌が醸成される。この土壌に育つものを教師と学習者から見てみよう。

学びを視点とした教科との関連

 教師にとって、指導と学びが融合された学習者の姿を目の当たりにするとき、「総合学習」と教科の学習で培われる力との関連を指導の視点からではなく、学習者の学びの視点から捉えようとする。

 例えば、追究過程で試みる学習者の実験方法が適切ではないと捉えたとき、一方的に「こうしなさい」ではなく、理科の授業の反省に向かう。自分の理科の授業は、学習者が実験を行う目的を明確にしていたかと。

評価の学習

 学習者の側から見ると、学習の目標の達成度を何を指標に評価すればよいかを考えることも学習する。そして、評価は、自らの学習を達成したいという本気の願いと共に行われるのだということを学ぶ。

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