(円卓)ソマティック・マーカー装置を育てる

奈良教育大学教授 中澤静男

 気候変動に起因する河川の氾濫といった自然災害、収束の兆しが見えない新型コロナウイルスの感染拡大、そして、ロシアによるウクライナ侵攻に端を発する世界の分断の危機、核兵器などの大量破壊兵器の使用の恐怖など、先行きが見えない今、持続可能な社会の創り手の育成は喫緊の課題である。

 持続可能な社会の創り手の育成を目的とするESDに関わり、アメリカの脳科学者であるアントニオ・ダマシオが提唱するソマティック・マーカー仮説という興味深い理論を紹介する。

 それによると、脳は感覚器官や内臓などから絶え間なく刺激を受けているが、特定の刺激に対してはソマティック・マーカーという脳内信号が発せられる。これは生き残る確率を高めるための信号で、人間だけでなく全ての動物に備わっている。

 かすかな足音から敵の接近を感知し逃げる。あるいはほんのわずかな香りで水や食べ物の在りかを察知し探し当てる。地球上に生物が生まれて何億年という長い時間とともに、生き物は身に付けているソマティック・マーカー装置を洗練化し、「気付く」ことで、個体としてまた種としての生き残りの確率を高めてきたのだ。

 われわれ人間は社会的な動物であるため、先天的なソマティック・マーカー装置だけでなく、例えば日本で生まれ育った人たちが初対面の相手にまずお辞儀をするように、所属する文化に即した行動を取るためのソマティック・マーカー装置も身に付けている。つまり、ソマティック・マーカー装置は、経験や教育によって育てたり洗練化させたりすることが可能であるということだ。

 経済性が最優先される現代社会に生きる、われわれ大人は、経済性に関するソマティック・マーカー装置は十分に身に付けている。しかし、自然環境や生態系の保全に配慮したり、人権や文化を尊重したりといったソマティック・マーカー装置を十分に身に付けているとは言えない。

 次世代の担い手である子供たちには、持続可能な社会づくりの面から身の回りの出来事や世界の出来事に気付き、行動に移すことができるソマティック・マーカー装置を育てたい。

 そのためには、学校と地域が連携し、多様なESDや経験の機会を提供することが求められている。

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